はあ・・・はっ・・はあっ・・・  

 

     キッドは肩を抑えながら、おぼつかない足元で歩いていた。

     幸い追っ手は撒いたようだが、わずかにかすった銃創はじくじくと痛み、雨のためか、

    出血のためか、目の前すら霞んで見える。

     らしくないドジを踏んだものだ―――彼は軽く舌打ちをした。

     今日は『仕事』の日だった。

     久しぶりにパンドラを狙う組織の連中とバッティングし―――いつもうまく逃れていたから

    少し油断もあったのだろう―――翼であるハングライダーを撃ち抜かれ、キッドは力尽きた

    鳥のように、地に沈み組織の男たちに捕らえられた。

     「は・・・はあ・・・」

     呼吸が荒い―――身体がなんだかひどく熱かった。

     その原因には心当たりがあった。実はキッドは男たちに捕まったおり、何やら妖しげな薬を

    飲まされかけたのだ。

     隙を見てなんとか男どもを打ち倒し、逃れた後で大半は吐き出したが―――かすむ視界が、

    恐らく肩のキズのせいばかりではないことに、キッドは気がついていた。

     目の前の景色が、白と黒のモノクロの世界に変わる―――どうやらこの辺りが、限界のようだ。

 

     駄目だ―――ここで意識を失っては・・・。

 

     キッドは今にも途切れそうな意識を、必死の思いでつなぎとめる。

     撒いたとはいえ、組織の男たちが諦めたとは思えないし、何より警察もキッドを捜して、まだこの

    周辺をうろついているはずだ。

     けれどキッドの思いとは裏腹に、意識はだんだんと沈んでいく一方だった。

     (―――駄目・・・だ・・)

     プツンと糸が切れるように、キッドの意識が完全に闇に閉ざされる。

     小さな水音を立てて、キッドは地面に倒れ伏していた。      

 

 

        きみの鎖につながれる幸せ

   

                  

                              1.

 

     どのくらい意識を失っていたのだろうか?

     キッドが重い目蓋を無理矢理に持ち上げると、倒れた時と全く同じ景色が目に入った。

     どうやらそれほど長い時間、意識を失っていたわけではないらしい―――警察にも組織の連中にも、

    幸いにしてみつからずにすんだようだ。

     雨は相変わらず降ってはいるが、肩の傷はすでに麻痺して鈍い痛みに変わっているし、何より

    あれほど熱かった体温が、すでに平常時近くに戻っている。

     (どうやら俺は・・・まだパンドラ捜しを止めるわけにはいかないらしいな・・・)

     わずかに苦笑を漏らしながら、起きあがろうと手をついた瞬間―――しかし、自らの視界に映った

    『それ』に、キッドは凍りついた。

     

     自らの視界に映った信じられないもの―――。

 

     キッドは一度目蓋を降ろし、わずかに躊躇しつつも、もう一度『それ』に視線を合わせる。

     幻や錯覚なら、一瞬で消えるはず―――しかしキッドのその願いは、不幸にして叶えられること

    はなかった。

 

     そこに映るはずだったのは白い手袋に包まれた自らの手のはずだ。

     しかし今、視界の中にあるのは、何か白い毛皮に包まれた小さなもの―――そうまるで、獣の

    前足のような・・・。

     (・・・うっそ・・だろ・・?)

     慌てて飛び起きると、すぐ側にあった水溜りに自らの姿をさらしてみる。

     彼は今まで怪盗キッドとして、さまざまな危険や冒険と、隣り合わせで生きてきた。生半可なことでは

    驚かないし、ひるまないと自分でも言いきれる。

     けれどさすがのキッドも、目の前のこの事態には途方に暮れるしかなかった。

     そう。

     水溜りに映った自らの姿―――それは白い優美な怪盗紳士から、純白の毛並みを持つ子猫へと、その

    姿を変えていた。

 

                                *

 

     雨は強くなるばかりで、やむ気配もない。

     キッドはとりあえずというように、近くにあった人の住まない洋館に飛び込むと、そこで雨を避けた。

     ふるふると身を振ると、自らの毛皮から水滴が辺りに飛び散る。

     (さて・・・これからどうするか・・・)

     降りしきる雨を見ながら、そんなことを考える。

     人の身体がネコに変化するなど、信じられない話ではあるが、確かに現実として、目の前に

    横たわっているのだから仕方がない。

     それとも『これ』事体が、自分の見ている夢なのだろうか?

     ともあれ、『パンドラ』などという不老不死を与える石の存在を信じているだけに、キッドはすぐさま、

    自らが動物に変化したという、驚愕ものの事実を受け入れた。

     それに、仮にこれが夢だと仮定したとしても、目覚めるまでは、自分は夢の中で生きねばならず・・・

    だとしたら、これが夢か現実かを論じるなどより、これから先のことを考えたほうが、ずっと建設的だと

    思ったのだ。

     それでも、もしこの事態が現実であるとすれば、考えられる可能性としては一つだけだ。

     それは先ほど組織の連中に、無理矢理に飲まされたあの薬―――今だ改良を繰り返している毒薬で、

    どんな症状が現れるかは、謎だといっていた。

     以前、改良前の薬を与えた人物は、姿形すら残さず消滅したらしい―――とも。

     命が助かっただけでも運が良かったというべきかもしれないが、あいにくこの状況下では、キッドも

    素直にそのことを喜べない。

     ひとつ深く息をつくと、ただひたすらに、この余計に気分を滅入らせる雨が、止むことを願った。

 

     どのくらいそうして、止むことのない雨を、見つめていたのだろうか。

     不意に錆びた鉄が、無理矢理に開かされるギィという音が響いて、閉じられていた門が、内側に

    開いた。

     「あれ・・・?」

     この家の持ち主だろうか―――キッドが目を凝らしてその人物を見ようとすると、頭上から覚えの

    ある声が響いた。

     (―――まさか!?)

     この偶然に一瞬、愕然としたキッドだったが、すぐに気を取りなおして、声の主を見上げる。

     見かけにそぐわない大人びた口調と、大きな瞳に理知的な光を宿した、不思議な子供。

     最初の出会いの時、キッドは彼の外見に騙されて、ひどく痛い目に合わされたものだ。

 

     江戸川コナン―――確か、そういう名前だった。

     

     

 

                               つづく


     さてさて、随分前から構想はあったのだけれど、全然暇がなく、ほかってあった、コナンSS。

     『キッドがネコになっちゃった・・・さあ困ったどうしよう(副題)(笑)』です。

     まあ、いつ書いても良かったのだけれど、キッドが映画に復帰したこの時期じゃあないと、

    多分書くこともないだろうと思い、書き出しました。

     内容がほとんどというくらい決まっているので、そんなに長くはならんと思いますが(まあこいつの

    いうことは、いつも全く当てにならんが・・・)、一応その1ということにしておきます。

     本来は、前中後編ぐらいで終わる話なんだけど、珠胡はこの手の予定を守った試しがないので(笑)

     時期的設定は、世紀末の魔術師の前くらいかな?

     キッドはまだ、コナンくんの正体は知りません。(なんていってもマイ設定だから(笑))

     そして内容は、題にそぐわず、少々重くなりそうな感じ・・・。

     ちなみにカプからいうと、キッド×コナンっていうか、キッド→コナンっていうか・・・(笑)

     

                                                           H16.4.9

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