2.

 

 

花京院の用意した夕飯をかきこむように食べた後、承太郎はすぐさまコントローラーを持ち、ゲームに向き直った。
その様子を見て、花京院は(ジョースターさんってホントすごい人だよなあ…)なんて感慨を覚えた。
どんな理由、目的であれ『あの』承太郎を、ここまでこんなゲームに熱中させてしまうのだから。
「承太郎、今夜は…」
「泊まってく」
「…うん、そうだろうね」
家主に都合を一切尋ねず、テレビ画面を見たまま決定事項(事実、彼の中ではそうなのだろう)のように告げる承太郎に、花京院はため息をついた。
しかしこのゲームをやるように勧めたのは花京院自身だから―――例えこんなことになるとは思っていなくとも―――ある意味自業自得で、文句は言えない。
仕方なく花京院は、承太郎の代わりに彼の家に電話をして、母親のホリイに今日は承太郎をこちらに泊めることを告げた。
その後、夕飯の片づけを終えて居間に戻ってくると、承太郎の操る主人公は初詣イベントを終えて、通常の学園生活に一端戻ったところだった。

「…おかしい」
「ん、どうしたの?」

花京院が近づくと、承太郎はコントローラーをもったまま、振り向かずに言った。
「さっきから、何度電話をかけてもじじいが出ねえ。初詣も一緒に行ったのに、どういうことだ?」
「えー、そんなはずは……あっ!承太郎、ちょっとコントローラーを貸して!―――あああっっ!やっぱり!!!」
「ん、なんだ?」
花京院が開けたのは、現在の登場人物たちの、主人公への好感度を示した一覧データだった。そのほとんどが赤く点滅しており、登場人物によっては、爆弾のようなマークが付けられている。

「承太郎、ひょっとしないでも、JОJO以外の誘いは全部断ってる?」
「当然だぜ。じじい以外となんて時間の無駄だ。だいたい、俺は本命には一途な男だぜ?」

実際承太郎は普段も、本命以外には目もくれない。
まあ、それはともかく。
「うん、わかってるけど、そりゃまずいよ―――本命以外の誘いを断りまくってると悪い噂が流れて、本命以外のキャラからの評価がガタ落ちになるんだ。その結果、本命キャラからの好感度も下がってしまう」
「何だと?じじいへの俺の一途さがアダになるとは…やれやれだぜ」
いつものように帽子のつばを下げる承太郎に(部屋の中でも基本、脱がない)、花京院は苦笑した。
「とにかく爆弾処理(※ときメモではマジでこう言うらしい)をしようか。この爆弾はそれだけキミに袖にされ続けて、傷心状態ってことなんだ。爆弾が間近に爆発しそうなシーザーと今日は帰ろう。それから明日はアヴドゥル、次の日はワムウ」
「本命以外にもおべっか使わなきゃならねえってのか?…面倒くせえ」
「それがこういうゲームの難しくて、同時に面白いところなんだよ。本命以外にも気を使いつつ、本命を特別扱いにしなきゃいけない。その匙加減が難しい」

花京院が話しながら連日本命以外との登下校処理をしてくれたため、とりあえず爆弾は消え、登場人物たちの好感度はだいたい平均値まで戻り、承太郎と花京院はほっと胸をなでおろした。
しかし当然というか、反動で肝心のJОJOの好感度も平均あたりまで戻ってしまって、承太郎は肩を落す。

「承太郎、元気を出すんだ―――今月は好感度を大きくあげるビッグイベントがある。バレンタインデーだ」
「っ、そうか!」

いわずと知れた恋愛イベントであり、当然好感度のポイント振り分けも結構高いと思われる。
「チョコは本命チョコ、義理チョコ、友チョコと、確か三つまで渡せるよ。渡すチョコレートの種類も影響すると思うけど」
「じじいへの本命以外はいらねえだろ。むしろ全部じじいにやっても良い」
「それはそうなんだけど、本命一本に絞ると、その分他のキャラの爆弾がいきなり爆発する危険も増えるんだよねえ…」
現実ではそんなことをすれば、逆に修羅場とか、あざとい女と見られそうだが。
ともあれ、先ほどの騒ぎを思い出したのか、承太郎はうんざりした顔をして、花京院に尋ねた。
「じじい以外にやるとしたら誰が?」
「んーと、そうだねえ…動向からみて、シーザーの爆弾が爆発すると、親友って設定の分、JОJOへのダメージの跳ね返りも大きいようだ。だから友チョコはシーザーが良いんじゃないかな」
「…義理は」
「そっちは、もう誰でも50歩100歩な気がするけど」
「…じゃあポルナレフにでもやっとくか(おざなり)」

ジョセフ本人の好みそうな、高級チョコレートのウィスキーボンボンを購入し(設定は未成年のはずなのだが)、校門で待ち伏せをして、直接渡すことにする。
すると画面が点滅し、新たなJОJOのショットが現れた。

『え、俺に?サンキュー。じゃあ早速、いただきまーす』

「ナイスチョイスだよ、承太郎!バレンタインのプレミアイベント発生だ!!」
「っ!」
驚いた承太郎が画面に注目すると、ふたたびJОJOのショットが変わる。
顔を赤らめて、明らかに酔っぱらっているようだ。

『あ、あれ…このウィスキーボンボン、ちょっとアルコールが強いみたい…あれ、空が回ってる』

「うっっ!!!」
承太郎が思わず声をあげて、口もとを抑える。多分JОJOの酔っぱらった可愛い表情に、くらりと来たのだろう。
それは置いておいて画面上では、「ドサッ」という効果音がして、JОJOが真上からのしかかっているような映像となる。
これはどうやら、酔っぱらってドッキリ(?)みたいな展開、らしい。

『ご、ごめ…//』

「謝るんじゃねえ!―――むしろこのまま押し倒しても、俺はいつでも応える準備があるぜ!いや、そもそもこんなエロい顔してるじじいは、女でも襲うなってほうが無理だ。この女、絶対にわざとだろ。そうに決まってる!女相手だからって、じじい油断しすぎだぜ!!」
「…うん、承太郎、落ち着こうね。その『女』はキミの分身で、スタープラチナみたいなものだから」
「例えスタープラチナでも、俺はじじいには触らせねえ!」
花京院はだんだんツッコミに疲れてきた。
今日一日、ずっとこんなくだらないことをやってる気がするが、気のせいだろうか?否、気のせいではない(反語)

「…わかったよ…とにかく先に進めよう」

このゲームは未成年向けの学生恋愛シュミレーションであるため、当然というかイベントは「ドッキリ」だけでキスもなく終わる。
なのに承太郎とやっていると、健全恋愛シュミレーションのはずが、R指定のボーイズ・ラブゲームをしているような気分になってくるのは何故なのだろうか?
ともあれ、バレンタインなどの恋愛イベントを出すことで、好感度が大きくプラスになるのは確かだ。
次のホワイトデーではJОJOには可愛らしいテディベアの縫いぐるみをもらい、クラス替えでは、なんとJОJOと同じクラスになれた。
順風満帆である。

「承太郎、お風呂どうする?」
「俺は良い」
「…そう、じゃあ僕だけ失礼するね」

花京院は風呂に入り、パジャマに着替えて、歯も磨いてきた。
すっかり寝る体制であるが、承太郎はやめるどころか、動く気配すらない。
「…あの、承太郎」
「ああ、俺一人で続けるから、寝て構わない」
「…そう」
まあそもそも、花京院の部屋のベッドはシングルで、さすがに馬鹿でかい図体の承太郎とは共には寝られないから、布団を床に敷く必要があるのだが。
そのためには、ゲームに熱中している承太郎をどかし、そのための場所を開けるしか方法はない。
けれどこの分なら、今夜は布団はいらないだろう。
花京院はため息をつき、ベッドに横になって、承太郎が続けるゲームをぼんやりと見ていたが。
そのうち眠くなって寝てしまった。

   

 

**********

  

数時間後、何らかの物音で花京院は目を覚ました。
あたりはまだ全然暗く、テレビからの明かりと音だけが漏れている。
時計を見ると、朝の5時が少し回った頃だった。

「…承太郎、まだやってたの?」
「ああ、花京院、ちょうど良いところで起きたな―――もうすぐ卒業式だ」
「おっ!!」

花京院は思わず飛び起き、画面に注目した。
卒業式―――それこそが、このゲームのクライマックスである。

「主人公の成績は、全体的に満遍なくA判定まで引き上げたぜ。文化祭、修学旅行、クリスマス、バレンタイン、重要なイベントは全部をじじいと過ごし、絆を深めつつ、シーザーや他の連中の数値を下げ過ぎないよう、登下校やデートを重ねたぜ」
「すごいねえ…頑張ったね、承太郎」
「じじいをオトす自信はあるぜ」

承太郎はデータ画面を花京院に見せた後、自信ありげに継続ボタンを押した。
卒業式のその日、主役が木陰で立っている。
すると、誰かがそこに向かおうとしているのがわかる。

「お、告白する奴がいるみたい―――やったね、承太郎!」

完全に攻略に失敗すると、誰にも告白されず「私の三年間ってなんだったんだろう」と独り言を漏らす、鬱エンドなんてこともありえるのだ(実話)。
二人はその影が正体を現すのをじりじり待った。
「ずっとアンタが好きだった―――付き合ってくれ」と決めポーズをして主役に告白した、その男の正体とは。



「「ポルナレフ―――っっ!!!???」」



いきなり眼中外(デートや登下校処理も一番最後だった)になっていた知人(※花京院談)がモデルの銀髪男から告白され、二人は呆気にとられた。
「嘘だろ…なんでいきなりこいつが」
「あの義理チョコか!あれがダメだったのか?」
「いや、でもあれがそれほどポイントが高いとは思えないけど…」
後からジョセフに尋ねたところ、ポルナレフがモデルの彼はモブ扱いで、登場人物の好感度の差が一定値を下回っていた場合に、自動的に告白に登場するようなキャラであるらしい。
実はこういったゲームでは、行事やイベントがだいたい終わりに近づいてきたら、今度は絶妙にほかのキャラの好感度を下げて、目当のキャラが選択されやすい状況を作ってやらねばならないのだが。
恋愛シュミレーションゲーム初心者の承太郎に、そこまで求めるのは酷だろう。
いずれにせよ、一晩かけてゲームをしたのに、お目当てのJОJOには告白されず(しかも何故か中途半端なポルナレフ(笑)、承太郎は激しく肩を落とした。

「なんでだ、じじい…俺の愛がわからねえってのか」
「…うーん、やっぱりJОJOは落とすのが、ちょおっと難しかったみたいだねえ」

花京院は顔をひきつらせ、乾いた笑いをもらした。
柄にもなく、落ち込んでいる承太郎なるものに遭遇し(しかもその理由がゲームだ。徹夜明けのせいもあるのだろうが)、どうして良いのかわからないのだ。
(…なんでこんなゲーム、勧めちゃったんだろう)
あまりの面倒くささに、花京院は昨日の自分を激しくなじりたくもなったが。
とりあえず、承太郎を元気づけるにはこれが手っ取り早いだろうと、口を開いた。

「承太郎、そんなに落ち込まなくても。これはゲームだし―――現実のジョースターさんが(孫の)キミのことが特別大好きなことなんか、疑うまでもないじゃないか!」

( )の中の言葉を、当然というか花京院は省略した。
それにより、承太郎も少し、精神が浮上したようだった。

「…そうだな、じじいは俺のことが『特別に大好き』だ」
「うん、そうだよ!わかってるじゃないか!!」
「だが、俺がどんなにじじいを想っているかは、ちゃんと理解していないように思う―――今日、気づいた」

(気付いたって、このゲームで?)

とも思ったが、藪をつついて蛇を出すこともあるまいと、「うん…まあ、そうかもね」ととりあえず、相槌をうった。

「…とにかく、今日は朝一でウィスキーボンボンを買いに行くぜ」

承太郎のそれがどういう思考回路を経て導き出された結論なのかは、一瞬、わからなかったが。
しかしすぐに昨晩見た、バレンタインイベントのことが思い出される。
ウィスキーボンボンであっさり酔って、前後不覚になっていたJОJO。
このゲームの登場人物たちが、モデルに比較的近い性質や属性に設定されているのは、すでにわかっていることだ。
ならばもしかしたらジョセフも。
花京院は自分の嫌な予感が外れていることを祈りながら、「なんで?」と尋ねた。

「決まってるだろ―――俺がどんなにじじいを想っているかを、改めて思い知らせてやるためだ」

そのときの承太郎が浮かべた笑みは、女なら思わず「抱いてええ!!!」と叫んでつめよりそうなほど、艶っぽいものであったが。
一瞬にして、友人の目的…というか企てに気づいてしまった花京院は、硬直した。
(…それってつまり、ジョースターさんを酔わせて)
ちょっとばかり極端なジジコンだろうが、言動がストーカーじみてようが、花京院はずっと承太郎の友人であり、一番の味方だった。
しかしこれは一歩間違えれば「犯罪」だろう。

友情を裏切って被害者(予定)に警告するか、否か―――花京院はこんな朝から、本気で思い悩むのだった。

   

 

おわり


実はこの話、もう一話書きたいんですが、今のところ他に書きたいものが多すぎて
到底時間が・・・^^;

H26.10.17(ピクシブより移動)

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