その日、悪魔に魂を売った

  

プロローグ

   

「たっ―――助けてくれっっ!!」

  

今まで数限りない人の命を、その力で奪ってきたはずの男が、みっともなく無様な声をあげて懇願する。
けれど、承太郎には少しの慈悲も、わずかばかりの憐憫も、何もわかなかった。まるで心の一部が麻痺してしまったようだと思った。
あるいはそれは、あと数時間遅ければ、この男のせいで誰より大切な存在を、失うところだったとわかっているせいか。
それともそれを望んだのが、「その人自身」だと、理解しているためだろうか?

「っっ!!」

スタンドと同化した拳を力任せに振り下ろすと、男はまるでつぶれたカエルのような悲鳴をあげ、血を吐いて絶命した。
承太郎はたった今、人ひとりの命を奪った拳をゆっくりと放し、ひとつ、息を吐いて思う。

人の命とは、最後とは、実に呆気ないものだ。
だからこそ、大事な人の「それ」をもう一度味わいたいなんて、思うわけがない。
だから例えどんな手段を用いてでも、それを退けてみせよう。

「…さて、じゃあ”死にたがりのお姫様”を迎えにいくか」

承太郎は血にぬれた拳を男の衣服でぬぐうと、そのまま歩き出した。
後にはただただ、物言わぬ死体が一つ、倒れているだけだった。

  

Present1.

  

カチ、カチと時計の秒針が硬質な音を刻んでいる。
時刻はすでに深夜を大幅に回っていたが、承太郎は久しぶりに届いた友人のメールから、視線を外せずにいた。
決して筆まめではない友人が久しぶりに送ってきたメールの内容は、少し前に承太郎の祖父ジョセフが、アポイントもなく、突然訪ねてきたという報告だった。
友人はただの”友人”ではなく、厳しい戦いを共に生き抜いた”戦友”だった。そしてそれはジョセフだけでなく、承太郎にとっても、だ。
なのに彼を訪ねたことなど、自分は祖父からひと言も聞いてない。不審なことこの上なかった。

恐らく友人も突然の来訪に、なんらかの違和感を感じたのだろう―――だからわざわざ承太郎に知らせてくれたのだ。
衝動的に行動しているように見えて、ジョセフは結構な策士だ。その行動には、大概なんらかの意味があることが多い。
承太郎はキリと唇をかむと、電話機を手に取り、短縮ダイヤルを押した。
そして相手が出ると、ほとんど前置きなしで話し出した。

「空条だ―――じじいの、ジョセフ・ジョースターの素行調査を頼む。ああ、大至急だ。結果が出たらすぐに知らせてくれ」

電話を切り、承太郎は腕を組んでため息をつく。
ジョセフの動きは、前々から財団に監視させていたというのに、ロクに報告があがってきていない。全く役にたたない連中だ。
もっとも、あの食わせ物の祖父を出し抜ける人物など、早々はいないこともわかっているのだが。
だから今電話をかけた相手は財団ではなく、ジョセフの動きを把握するために定期的に雇っているその道のプロだ。特殊なスタンドを使って調査するため、相手があの祖父であろうと、気付かれたことは恐らくない。

それにしても、ジョセフが動き始めたということは、自分が恐れていた事態が起きたということだろうか?
浮かんだ嫌な予感を、頭をふって振り払う。
まだそうと決まったわけではない。確定していない事柄を想定して、事態を憂慮するのは、意味のないことだ。
まずは何よりも先に、真相を突き止めなければ。

「とりあえず、じじいの”ツテ”をあたるか」

承太郎は引き出しをあけ、中から数枚の書類を取り出す。それはSPW財団の研究者たちの調査資料だ。
前々からこんな事態に備えて、ジョセフの身辺調査と合わせて、祖父が特に親交の深いSPW財団の研究者をピックアップさせておいたのだ。
写真つきの資料を順に読んでいくと、ある1枚で手が止まる。
その人物の参考蘭には、数年前、ジョセフに命を救われたことが切っ掛けで、財団入りをしたことが書かれていた。
(…じじいが『極秘の頼みごと』をするとしたら、こいつだな)
電話機を一度手に取って、承太郎は「いや、」と思い直して戻す。
電話越しだととぼけられる可能性がある。明日にでも直接当たるのが一番良いだろう。
何より自分が他者に与える威圧感を、承太郎は充分に熟知していた。財団の研究者など、直接会えば脅す必要すらなく、洗いざらいを白状するに違いない。

それにしても、身内である祖父のことを知るために、協力関係にあるはずの財団の研究者を威圧しなきゃならないとは―――なんだかひどく理不尽なものを感じないでもない。
それでも”あの日”から決めている。
ジョセフに何が起ころうと、自分が必ず守ると。
なのに。

 

「…全く、てめえはいつまで経っても大人しく守られていてくれないんだな。じじい」

 

承太郎はあの旅以来、自身の書斎に飾るようになった写真たてを、そっと指でなぞる。
そこには、自分とかつての仲間たちを抱きしめて、ピースサインを出しているジョセフが写っていた。

  

Past1.

   

初めて触れた唇は、すでに温もりが消えかけていて、少し固くなっていた。
(…ああ、俺は”失う”のだ)
そう理解した瞬間、湧き上がったのは胸をえぐるような痛みと、それまで感じたこともないほど激しい、自らに対する「怒り」だった。

  

「じじいっ!―――じじいっ!しっかりしろっっ!!!!」

  

腕で背中を支えて気道を確保し、声をかけては鼻をふさいで息を吹き込む作業を繰り返す。同時にスタープラチナに腕を透過させて、直接心臓をマッサージさせる。
呼吸が停止したのは、恐らく数分前だ。
心臓が停止したのは?

(もう何をやっても無駄かもしれない)
(呼吸停止から少なくとも5分は経ってる―――例え再び心臓が動き出しても、脳は致命的な損傷を負っていて、もう意識が戻らないかもしれない)

頭だけはそんな風に、どこか冷静に事態を認識しているというのに、身体は一向に眼の前の祖父を呼び戻す作業を止めようとしない。
ポルナレフが少し離れた場所から、途方にくれたような顔でこちらを見ているのは気づいていたが、そのときの俺にはそんなことどうだって良かった。

「頼むじじい!戻ってきてくれっっ!」

やるせない思いと持て余す激情に、自らの拳を地面にたたきつける。ぐちゃという皮膚と骨が砕ける嫌な音がしたが、今は傷みすら感じなかった。
けれどそのまま諦めて悲嘆にくれることも出来ず、あてのない救命活動を続けた。
人口呼吸をして、心臓マッサージをしつこいほどに繰り返す。
すると、承太郎の執念が届いたのか、微かにだが、心臓が鼓動を刻む感触が、スタープラチナの拳を通して響いた。

「っっ!!」

一端、人工呼吸をやめ、心臓マッサージに専念すると、まだ弱いが、確かに心臓が一定の間隔を持って、鼓動を刻みだしたのを感じた。
「…はっ、」
さらに、先ほどからこちらから息を吹き込むばかりだった唇から、小さな吐息が確かに漏れた音を聞いて。

「っ!!!」

安堵のあまり涙が出た。
しかしまだ「助かった」とは到底言えない状況であるし、ジョセフの顔色は青いを通りこして、白くなっている。早急に処置をしないと、危険なことは確かだろう。
それでもひとまず呼吸と心臓の動きが戻ったことで、このまま永遠に祖父を取り戻せないという、悪夢だけは免れたのだと知った。
もっともぬか喜びに過ぎない可能性もあったが。

(じじい、まだだ―――まだてめえは死なせねえ!)

そのとき、少し離れた場所で起き上がれずに倒れたままだったポルナレフが、空を見上げて歓喜の声をあげるのを聞いた。
つられて上空を見上げると、パラパラという音と共に、ヘリコプターが2台降りてくるのがわかった。救助のために呼んだSPW財団のヘリだ。
承太郎はひどくほっとした。どんなに助けたくとも、これ以上はスタンドしか使えない承太郎には、対処のしようがないのだ。専門家に任せるしかない。承太郎はスタープラチナと同化し、ジョセフを腕にかかえて立ち上がった。
無論、一分でも一秒でも早く、ジョセフの処置をしてもらうためだった。

   

Present2.

  

鍵を開けて足を踏み入れると、家の中は真っ暗で、しんと静まり返っていた。
しかしこれはいつものことだ。
承太郎の他にここに住むもう一人の住人のために、この家は常に外から紫外線を入れぬよう、シャッターが閉められている。
ただ承太郎自身は灯りがないと室内が歩けないため、この家には紫外線をほとんど含まない最新のLED照明が備えつけられている。
承太郎は入口のリモコンで通路の灯りを全てつけると、そのまま目当の人物がいるであろう部屋に向かった。

「じじい」

ノックもせずに部屋のドアを開けると、思った通り。祖父のジョセフは閉め切られた真っ暗な部屋の中、ベッドで眠っていた。
徐々に細胞が変化しているジョセフは、最近は閉め切られた家の中でも日中は身体がだるいらしく、ベッドにいることが多い。
承太郎はその上に覆いかぶさり、当然の権利とばかりに頬にキスを落す。
するとジョセフは眠っていなかったのか、目を見開いて笑った。あるいは承太郎の気配を感じ取ったのかもしれない。
吸血鬼であるディオの血の影響を強く受けるようになってから、ジョセフは人一倍、気配に敏感だから。

「お帰り、承太郎」
「今帰った」

承太郎はそのままベッドに乗り上げ、祖父と孫では決して出来ないキスを、ジョセフに仕掛ける。
そのままキスを深くし、腕の中の存在を一週間ぶりに味わいたいと承太郎は思ったが、ジョセフはどうやらそうではなかったようだ。
彼は承太郎の頬に手をやるとひと言、「承太郎、わし、腹が減った」と言った。
承太郎はため息をついて、体を起こす。
「仕方ねえな…1週間ぶりだし、今日は途中で止められそうにない。先に食事を作ってやるよ」
口調は不機嫌そうなものだったが、実は承太郎はそれほど不満でもなかった。

何せジョセフはすでに”自分だけのもの”であるし、ここには二人を邪魔をする存在など何もない。ジョセフは表向き(身内にすら)死んだことにされており、この家の存在を知っているのは承太郎の他は財団でも限られたものだけだ。
だから焦る必要はないのだ。
それにジョセフのために腕を振るうのも、実は承太郎の最近の楽しみだったりする。
吸血鬼化しかけているとはいえ、ジョセフの大部分は、いまだに人間のものだ。だから食事や排泄は普通に必要だし、それをしなければ体調を崩す。

何故それがわかったかといえば、以前ここに来た直後、ジョセフは承太郎が何日か仕事で帰らないときに、食事を一切止めたことがあるのだ。
本人によれば、それは自殺のためではなく、ストレスによるリストカット(自傷行為)のようなものだったらしいが。
しかし例え体調を崩しても、ジョセフの半分は超生命体である吸血鬼だ。命が脅かされることなど全くなく、ただただ苦しく痛いだけだったようで。
承太郎が説教するまでもなく、ジョセフは二度としないと誓った。
もっともそのとき承太郎が行なった”お仕置き”が相当に堪えたのかもしれなかったが。

ちなみに承太郎が行った”お仕置き”とは、体調が戻ってからジョセフが食事を抜いていた日にち分だけ、きっちり朝夕ベッドで彼を抱きつぶすことだった。
”お仕置き”自体は楽しかったが、それでもまたしたいとは思わない。
家に戻ったとき、ベッドで唸るジョセフの姿をみて、承太郎は心底肝が冷えたのだ。
無理をさせても、今のジョセフの身体は大して堪えないというのはわかっているが、それでも自分は一度、彼を失いかけた。
それがある意味トラウマのようになっているのだと、ジョセフに気づかせるわけにはいかない。
気付けばジョセフは気にやむから。

「…確か、野菜がまだ幾つか残っていたな。あとは缶詰と」

コートと帽子を脱ぎ、備え付けの紺のビブエプロンをつけ、承太郎は冷蔵庫を覗き込んで考えこむ。
ジョセフは生まれが英国でありながら、人生の半分をニューヨークに籍を置いていたが、意外に和食も好む。多分、娘であるホリイが日本に嫁いだことが影響しているのだろうが。
承太郎も日本人だから、メニューは自然、和食となることが多いが、今回は調査のための留守が長かったため、中の食品はすでにいくつか傷んでる。それに今から呑気に米を炊いていては、食事は1時間は先になってしまう。
幾ら精神的に余裕があるとはいえ、ジョセフと会うのは1週間ぶりだ。実際のところ、少しでも早く彼と抱き合い、離れていた時間を埋めたいという欲求も確かにあるのだ。

承太郎は賞味期限が切れたものや傷んだものを、有無をいわさずゴミ箱に叩き込み、残された野菜とホールトマトでスパゲティを作ることに決めた。
大鍋に湯を沸かし、塩とパスタをほおりこみ、その間に野菜を目にも留まらぬ速さで刻む。
「いつっ!」
しかし自分が思っている以上に、意識は急いていたらしく、誤って指先を包丁で斬ってしまった。

「承太郎!?」
「大丈夫だ。ちょっと包丁で先を斬っただけだ」

承太郎の声に驚いてか、ジョセフが駆け込んでくる。
祖父であるジョセフは、未だに孫である自分の動向に過剰反応することが多い。守り、守られる立場が逆転しても尚、だ。
承太郎は苦笑して手をあげ、ちょこっと血が滲んだ指先をジョセフに見せた。
その瞬間、ジョセフは目を見開き、一瞬でその瞳が真っ赤な血の色に染まった。
 

「っっっ!!―――スタープラチナっっ!!!」
 

正気を失い、承太郎に襲いかかろうとしたジョセフを、承太郎はそれより早く表面化させた自らのスタンドで、背後から押さえつけ、身体を吊り上げさせる。
そして出来るだけ力を込めて、ジョセフの首を絞めた。より正確にいえば、血液の流れを一時的に止めるために、血管を指で締め付けたのだ。
「うぐうっっ!!!」
ジョセフがこの状態になるのは、実は初めてではない。だから承太郎も対処法は心得ていた。
もっともこの方法がいつまで通じるのかは、今のところ神のみぞ知るという感じだったが。

やがてジョセフから力が抜け、ガクンと頭が下がった。どうやら意識を失ったようだ。
承太郎は深く息をついて、首に回した手を放した。
一応呼吸を確認して、ほっと息をつく。
半分吸血鬼であるジョセフに、この程度は何でもないとわかっていても、やはり不安になる。
スタープラチナに、とりあえずジョセフをベッドへと運ばせ、その間に自身はガスを止めて、自らの怪我の手当てをする。
過去にジョセフに教えてもらった波紋を見よう見まねで用いて、血の流れを強引に止めて、傷口を塞ぐ。
そして、念のため上から絆創膏を貼った。

(…そういえば吸血鬼は「血」を吸うのだったな)

ジョセフの変貌は間違いなく、承太郎が流した血のせいだろう―――吸血鬼化し始めてから血を見せたことがなかったとはいえ、気付かなかったのは迂闊だったと思う。
いずれにせよ。
「…また泣かれるな」
承太郎はジョセフが目覚めた後のことを考えて、ため息をつく。
ベッドの中で見る泣き顔は可愛いと思うが、それ以外では出来るだけ泣かせたくはない。
そういえば最近は”あの笑顔”も滅多に見せてくれなくなった―――ジョセフが悪ノリしたときに見せる、子供のような笑顔。
口にしたことはなく、当時は呆れた顔ばかりしていたが、実は承太郎はジョセフのあの笑顔が一番好きだった。
それに気付いたのは、その笑顔が滅多に見れなくなった後だったけれど。

「片づけるか…」

承太郎は暗い気分を振り払い、刻み途中の野菜をボールにとって、ラップをかけて冷蔵庫に放りこむ。恐らく今日は食事はもう無理だろう。
例え意識を取り戻す前に証拠を消したとしても、ジョセフの記憶に先ほどの経緯は残ってしまっているだろうから。
しかし同じことの繰り返しだけは避けたい。
承太郎は血の匂いが残らぬよう、まな板と包丁を重曹で洗浄してから、仕舞うことにした。
 

 

Past2

  

ヘリから降りてきた財団の救助チームによって、ポルナレフは一足先に病院へと運ばれた。
ジョセフもすぐさまタンカに乗せられたが、状況が状況だ。応急処置を先にするため、その場で人工呼吸器やら、点滴のための管などがつけられた。
傷の具合や、呼吸、心拍数などを最新の器具を使って調べている医師たちに対して、承太郎は「どうだ?」と問いかけた。

「失った血の量が多すぎます…すぐに輸血はしますが、ジョースターさんが耐えられるかどうか」

その言葉に、承太郎は強く目をつぶった。
一度ジョセフは完全に死んだが、呼吸と鼓動は戻ったのだ。このまままた失うなんて、信じたくなかった。
そのとき承太郎の脳裏をある考えがかすめた。
それは聞くものが聞けば「狂気の沙汰」と呼んだかもしれなかったが、そのときの承太郎には名案に思えた。

「ちょっと待ってろ」

承太郎はそう言い残して、少し離れた覚えのある場所まで走る。そこには予想通り、未だにドクドクと血を流して倒れているかつての天敵ディオ・ブランドーの姿があった。
確かに事切れているのに、血は未だに途切れることを知らぬかのように流れ続けている。吸血鬼の生命力とはやはり別格だ。
(使える)
承太郎はスタープラチナにディオを担がせると、そのまま医師たちのところまで駆け戻った。恐らく彼らもディオの存在は聞かされているのだろう。呆気にとられた顔をしていた。
そんな医師たちを余所に、承太郎はスタープラチナにディオを降ろさせて言った。

「こいつの、ディオの血をじじいに輸血しろ―――こいつの血の幾らかは、じじいから奪いとったもんだ。奪ったものを返してもらう」
「しょ、正気ですかっっ!?」
「吸血鬼の血を輸血するなど、前例がありません!下手をすれば命は助かっても、ジョースターさんは人間じゃなくなるかもしれません!?それどころか、第二のディオを作り出すかも―――!!!

「…それがなんだ?」

くっと笑った承太郎に、その瞳に浮かぶあまりに恐ろしい狂気の色に、医師たちはみんな言葉を失ったようだった。
しかし承太郎とて、一瞬は考えたのだ。
「ジョセフは人間ではなくなるかもしれない」と。
しかし、輸血をしないという選択肢は、すでに承太郎にはなかった。
死んで尚、衰えない、生命力にあふれた血液―――それを輸血すれば、きっとジョセフは助かるだろう。
そうすればもう一度、自分を見て、あの向日葵のような笑顔で、笑ってくれるはずだ。
それだけで良いのだ。
もう、それだけで。
それを邪魔する奴らは、誰だろうと。

「そんなこと出来ませっっ―――ひっっ!!!!」

正義感に満ちていたらしい一人の医師は、あくまで反対を表明しようとして、承太郎に一瞬のうちに鼻をつぶされ、血を吐いて倒れた。
それに残された医師たちは、ぞっとしたような顔をする。
彼らはSPW財団の精鋭とはいえ、所詮普通の人間だ。スタンド使いに抗うなど土台無理な話だ。
増してディオすら倒した、承太郎には。

「…早くしろ」

その言葉に、医師たちは一斉にディオとジョセフに向かう。もしこれ以上もたついてジョセフの身に何かあれば、自分たちの命が危ういと本能で理解したためだろう。
未だに血が流れ続けるディオの血管に、直接管を入れてジョセフと繋げる。
するとどうだろう。
真っ青を通りこして白くなっていたジョセフの顔色が、徐々にだが赤みを帯びてくる。またひどく弱弱しかった鼓動や呼吸も、性急に平常値に戻りつつあった。
これでジョセフが助からないことはおそらく無いだろうが、しかしそれは同時に、ジョセフに与えられた血液が「人を超えた力を持つ」ことを意味していた。

医師たちの幾人かは、ジョセフと直接親交があった。そのため彼が助かることが勿論、嬉しくないわけではない。
しかしあまりに急激な回復は、医師たちに原始的な恐れを抱かせずにはいられなかった。
こんな「人を超えた力」を、人が使って良いわけがない。
けれど承太郎はそんな恐怖など微塵も感じていないのか、あるいはそんなことはどうでも良いのか。
回復しだしたジョセフの様子をみて、ひどく幸せそうに笑っていた。
その表情に医師たちは、自分たちの行いは間違っていないと、繰り返し自身に言い聞かせるしか出来なかった。

  

Present3.

  

「…ん…う?」
「気が付いたか?」

ジョセフが目を覚ますと、そこはいつもの自分のベッドだった。
承太郎がジョセフのために財団に用意させた、一切紫外線を差し込まない特別仕様の家。そこの一室はジョセフの私室となっている。
もっとも承太郎が家にいるときは、大概この部屋に入り浸るため、この部屋のベッドはキングサイズにされているが。
ジョセフは一瞬、今の状態がわからず周囲を見回したが、目を覚ます前に、自分がいた場所がここではなかったことを思い出していた。
血を見た瞬間、目の前が真っ赤になり、恐らく正気を失い、承太郎に襲いかかったことも。

「ふっ!」

溢れてきた涙を隠すように手で顔を覆うと「…泣くなよ、じじい」という優しい声が多いかぶさってきて。
それは手や髪にキスを落す。
促されて顔に当てた手をどけると、涙ににじむ目元にも口づけが降りてきて。
それはジョセフを責めることなど何一つなくて、それがどうしようもなく嬉しくて、同時に悲しかった。

「…ふ、うっ…承太郎ぉ」
「なんだ?」

頬を撫でてくれる手に、自らのものを重ねる。
あとどれくらい、自分はこの手を承太郎のものだと、覚えていられるだろうか?
優しさと愛しさを伝えてくれる手だと、覚えていられるだろうか?

「わしを―――殺してくれ」
「…ああ。そのうちにな」

承太郎は苦笑すると、今度は唇にキスを落としてきた。しかし今度のキスは、露骨に舌を絡める性的で深いものだ。
「は…あっ…」
溺れさせるために、何もかもを忘れさせるためにしているのだとわかっていたが、ジョセフはその熱に流されることを選んだ。
どの道承太郎は、自分に少しでも「正気」があるうちは、絶対に自分を殺しはしないだろう。
彼はどうしようもなく優しく、同時に情がこわいから。
それがわかっていながらこの手を取ったのは、「自分」なのだ。
だからその罰なら、いくらでも受けよう。

でも願わくば、この手の暖かさが分からなくなる前に、自分の息の根を止めて欲しい―――そればかりを願いながら、ジョセフは承太郎の背中に、黙って腕を回した。

   

Present4.

  

「あっ…はあっ!…ああァっっ!!」

  

腰の上に乗せられた一糸まとわぬしなやかな肢体が、自らの手に促されるままに、体を揺らす。
腰を手で押さえながら、下から中をぐちゃぐちゃにかき回してやったため、余りに強い快楽に、ジョセフは激しく呼吸を乱し、いまにも承太郎の上に倒れかかりそうだ。
それでもまだ、自らは途中であったため、承太郎は今一度腰を使って、下から突き上げてやる。

「んんああアアアっっ!!!」

手で押さえつけていた自身を開放してやると、ジョセフは承太郎の腹の上に、自らの性を吐き出した。同時にぎゅうと中を締め付けられ、承太郎も何度目かの絶頂を中で迎える。
さすがに限界が来たのか、意識を失って倒れてきた身体を、承太郎は抱きとめる。
そして柔らかな髪にキスを落としながら、心の中でつぶやいた。

(―――今更…だあれが、てめえを手放すかよ)

ずっと好きだった。
祖父と孫という以上に、一人の人間として、男として、彼を愛していた。
けれど、その想いが届くことは一生ないとわかっていた。
それでも良いと思っていたのだ。
彼を失いかけた、あの日までは。

ディオと戦い、ジョセフの心臓が一度動きを止めたあの日―――承太郎は初めて自分が当たり前に感受していたものが、絶対に失えないものだと気が付いた。
ずっと自分に向けられ続けると信じていたあの暖かな笑顔が、穏やかな眼差しが、失われると理解した瞬間。
自分を襲ったのは、身体の一部をえぐりとられるような壮絶な傷みと喪失感だった。
そしてそれらはすぐに、彼を守れなかった自らに対する、怒りや憎悪に変わった。

何故、もっと早くにディオを殺さなかった。
何故、別の方法を選ばなかった。
何故。
何故。
何故。
何故。

そんな後悔ばかりが身体を駆け巡って、自分自身をすぐさま、息の根を止めてこの世から消してしまいたくすらなった。
だから、ディオの血を輸血する方法を思いついたときに、自分は一も二もなくそれに飛びついたのだ。
もしかしたらジョセフは人外に変貌するかもしれない。
正気を失い、ディオのように罪もない人々を、何万、何千と殺すかもしれない。
そんなこと、医師たちに言われるまでもなく、自分も考えたのだ。

(―――だが、それが何だっていうんだ?)

ジョセフを―――あの暖かで、たまらなく愛しい笑顔を取り戻せるのなら。
そんなことは些末なことだ。
例え結果的に、多くの血を流し、多数の罪もない命を踏みつけにすることになったとしても。
きっと自分は後悔などしない。
それどころかここで彼を失えば、後悔なんて言葉では、すまないだろうこともわかっていた。
だから承太郎は決めた。

もしジョセフが将来人外に変貌し、人類の敵に回るようなことになったら―――そのときは誰と戦うことになっても、誰を傷つけることになっても。
自分が最後まで彼を守ろう。

あるいはジョセフは、「ディオの再来」と呼ばれるようになるかもしれない。
ディオ以上に人を傷つけ、殺すかもしれない。
すぐれた戦士であるジョースターの血統であり、同時にずばぬけた策士でもあるジョセフには、その要素はあり過ぎるのだ。
それでも、こうやって彼を抱きしめれば―――その温もりを感じれば。
そんなことはどうでも良いことだと思えてしまう。

しかし承太郎も、ジョセフの吸血鬼化が進むのを、ただ手をこまねいているわけではない。
ジョセフは知らぬことだが、承太郎はSPW財団の協力の下、探しだしたディオの残党を殺さずに、密かに抱き込んだ財団の研究者のもとに送り込んでいた。
そこでは日夜、人倫にもとる研究が行われている―――いわゆる人体実験という奴だ。
おそらく吸血鬼化したディオの手先だけではなく、「人間」を使って吸血鬼化させる実験なども行っているのだと思われたが。
承太郎はそれを、特に追及したことはなかった。
ジョセフを失わないためなら、どんな卑怯な汚いことにでも、手を染める覚悟は疾うに出来ているのだ。
今の自分はもしかしたら、ディオよりも最悪で、最低な人間かもしれないと思う。

(―――こんな俺を見たら、花京院たちは何ていうだろうな?)

ふと思ったが。
仮に彼らがここにいて、承太郎のしたことを知ったとしても、おそらく赦してくれるような気がした。
何故なら承太郎がジョセフに向ける肉親を超えた「想い」を、仲間たちは良く知っていたから。
もっともその当時も、その想いを向けられている当人だけは、気づいてくれないままだったが(笑)

「…ん…」

不意に、承太郎の胸に頭を預けるジョセフが、寝返りを打つ。
承太郎はその子供のような寝顔を見て、微笑んだ。
今のところ、一度吸血鬼化した人間を戻す効果的な方法は見つかっていない。
しかし実験の甲斐があり、ディオと対決したときより、はるかに詳しいことがわかるようになってきている。
このまま実験を続ければ、いつかジョセフを人間に戻せる日が来るかもしれない。
あるいは、承太郎がジョセフと同じ、人外の生き物となることを選択する日が来るかもしれない。
どちらにせよ、きっとジョセフは泣くだろう―――しかしその涙すら、自分のために流されると思えば、甘美だった。
そんなことを考える自分に呆れてしまう。

承太郎は思う。
もしかしたら既に、自分は狂っているのかもしれない。
けれどあの日―――天秤はあっさりと傾き、地に沈んだ。
承太郎はジョセフと、彼が吸血鬼化したことで犠牲となるかもしれないその他大勢の命を秤にかけ、迷いもなくジョセフを選んだ。
ただ一人を取り戻すために、悪魔に魂を売ったのだ。
だからジョセフが正気を失い、誰を殺そうが、傷つけようが、関係ない。
彼が息絶えるその瞬間まで、自分が側に居られればそれだけで良いのだ。

きっと自分は地獄に堕ちるだろう。
だがそのときはジョセフも一緒に連れて行く。
「殺してやる」といった言葉は嘘ではない。
彼の最後の鼓動、最後の声、最後に目に映すもの、最後の吐息。
全て、誰にも渡す気はない。
だから、自分がこの世で犯す最後の罪は、最愛の彼の命をこの手で奪うこととなるだろう。
承太郎はいつか来るその日を、自分が待ちわびてさえいることに気づく。
だって地獄への道行きすら、彼と共にいけるのなら、至福とさえ思えるのだ。
そう出来たら間違いなく、かつてジョセフに言ったように自分は「この世で一番の幸せもの」だろう。

承太郎は、胸の上で眠る無邪気な寝顔に、もう一度唇を落としてささやいた。

  

「例え死んでも放さねえぜ、じじい―――アンタは永遠に俺のもんだ」

  

その言葉に、ジョセフが微かに笑ったような気がして。
承太郎はもう一度、その唇に口づけた。

   

  

おわり


「まごじじの萌えシチュを連想したらこうなった」の続編。
実はこの話、単にジョセフがディオの血が輸血された顛末を書きたかっただけだったり(笑)
だってすごい決断だと思うんだよね、考えてみれば。
公式でも承太郎はやっぱり、家族大好き男なんだなあ(笑)

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