空条家の人々U 旦那様は7歳児 Before   

 

 

その日も、空条家の朝は平和だった。
季節は夏に変わりかけ、朝から強い日差しが照りつけていたが、和風のつくりである空条邸には、朝からさわやかな風に煽られて井草のすがすがしい匂いが充満し、そこにホリイの作った朝食の、焼き魚や味噌汁の香ばしい香りも漂って。
貞夫は幸せを実感していた。
しかしそんな朝に「波乱」と「混沌」を持ち込んだのは、先日と同じく、息子の突然のつぶやきだった。


「…今夜、じじいに夜這いをかけようと思う」


ぶぶ―――――っっ!!

思わず噴き出した貞夫の味噌汁は、直前にホリイによって顔面に投げつけられた米粒つきしゃもじにより、強制的に方角が変えられ、正面のホリイ…ではなく、横の壁にぶちまけられるに至った。
「貞夫さん、はしたないわよ」
「あ、ご、ごめん…」
投げ渡された布きんで、貞夫は汚れてしまった壁と畳を拭き拭きし、ついでに髪についた米粒をとった(悲)
しかしその視線は、息子と―――何より今の息子の台詞に全く動じた様子もなく、再度とってきた新しいしゃもじで息子のご飯の「おかわり」をついでいるホリイへと向けられている。

結婚してすでに5年以上経つ。
当然、貞夫はホリイの『本性』というか、彼女が傍から見られるように、優しく柔和なだけの母親ではないことを知っている。
実のところ貞夫は、彼女のそういったところに惚れ込んでいて、今尚惚れ直している最中だというのだから、我ながら『趣味が悪いなあ』とか思わないでもない。
話を戻そう。
ともかく外見は貞夫に似ているというのに、性格はホリイのそれをそっくりそのまま受け継いだらしい息子承太郎の宣言に、平和な朝の食卓は、一瞬にして一触即発、コブラとマングースの飛びかかる寸前のような様相を成した。
ちなみに承太郎のいう「じじい」とは、ホリイにとっては最愛の父であり、承太郎にとっては最愛の祖父である、ジョセフ・ジョースターのことである。彼は今夜この家に遊びに来て、しばらく泊まることとなっているのだ。
そのジョセフを、息子は「夜這いする」と言っているのだ。
息子が何故か祖父のジョセフに対して、性的な興奮を覚えているらしいことは貞夫もホリイも知ってはいたが(※「空条家の人々第1話」参照)。
今回のこれも母親のホリイにとっては、到底聞き置いてはおけぬ台詞だろうと思われた。

何せ、承太郎のジョセフ好きも相当だが、ホリイもまた、父のジョセフをこよなく愛しているのだ。
彼女はもし息子に生まれていたら、絶対にジョセフを「襲っていた」というくらいに、性的な意味も込みで(ちょっとずれてる気もするが)、ジョセフが好きで、好きで、好きで、たまらないのだ。
けれど自分や息子の承太郎のことも、ジョセフほどではなくとも、ホリイが『心から』愛してくれていることは知っていた。

ホリイは承太郎の思いつきに、どんな反応を返すだろう?
貞夫は内心ドキドキしながら、ホリイの発言を待った。
ホリイはご飯をこんもり持ったお茶碗を、承太郎の前にゆっくりと置くといった。

「…つまり、承太郎は今夜、パパを『手籠めにする』と言ってるのね?」
「そうだ」

(そんなこと、あっさりうなづかないでくれよ、承太郎…『手籠め』って時代劇みたいな…って、『手籠め』えええっっ!?)
さすがにこれは貞夫も驚愕したが、勿論、そんな貞夫の心の絶叫が、2人に聞き取れたはずもない。
もっとも聞き取れたところで、スルーされた可能性が高そうだったが(涙)

「手錠とか薬とかをつかって、パパの自由を奪って、その間にあれこれエッチなことをしちゃって、パパの可愛い泣き顔や、可愛い喘ぎ声を散々に堪能しようっていうのね?」
「そうだ」

ホリイ、キミ、暑気あたりかい?―――と思わず妻に問いかけたくなるような、突っ込みどころ満載の台詞に、「我が意はここにあり」といった顔でうなづく息子。
その光景に、貞夫はくらくらした。
もうすぐ7歳になる息子が、20代前半の母親とするとは、到底思えない会話の応酬の後、ホリイはほおっとため息をついて言った。

「承太郎の気持ちはわかるけど…承太郎の『大きさ』じゃあまだムリじゃあないかしら?―――とてもパパを満足なんて、させてあげられないと思うわ」
「そんなことはねえ!確かに俺はまだ『小っちゃい』が、道具を使えばイケる!!」

『大きい』だの『小さい』だの。
それが決して「身長」のことを言っているわけではないことを、貞夫はわかっていた。
その上、何故か立派な体格の男であるジョセフのほうが「女役」と、2人の中では決定してしまっているようだった。
2人の会話に加われない(加わりたくもないが)貞夫は、食事を続けようとしたが、こんな話題に食欲が湧くはずもない。
仕方なく、だまって箸を箸置きに置いた。

「それにベッドで可愛がってパパを啼かせるのは構わないけど、いきなり襲ってパパを怖がらせたり、悲しませるのは、承太郎でも許せないわ」
「だけど、じじいの奴、年々艶っぽくなっていくからよぉ…とても我慢できねえぜ」
「うーん…そうねえ」
承太郎の言葉に、ホリイは少しばかり考え込むと、にっこりと笑って言った。

「じゃあ『結婚』すれば?プロポーズして、それにパパがOKしたら、認めてあげるわ」
「は?プロポーズ?」

さすがの承太郎も、この言葉には驚いたようだった。
しかし少し考え込むとすぐににやりと笑って、「プロポーズか…悪かねえな。じじいを公然と俺のものに出来る」とのたまったのだ。
(…いや、お義父さん、もう結婚してるから)
という貞夫のツッコミは、当然妻と子には届かない。
けれどさすがに、ホリイは「この」承太郎の母親だった。
いきなり立ち上がって、次に彼女が承太郎を指さして言った台詞は、貞夫の予想を一周回って、それでも大幅に通り過ぎるくらいに超えていた。


「でもね、パパは私のものでもあるのよっ!!―――というわけで承太郎、パパが『嫁』に欲しかったら、私を倒してからプロポーズに行きなさいっっ!!」


(はあああああ―――っっ!?)
ホリイのこの台詞には、さすがにホリイに耐性がつき始めている貞夫でも、顎がかくんと下がった。
なんだその台詞。
まるっきりアニメで良くある「ここから先は通さねえ!もし通るというのなら、俺を倒してからいけ!!」みたいな台詞ではないか(ちょっと違うが)
だがさすがにこれはないだろうと、貞夫も思った。
何せ、一見か弱そうに見えるホリイは、優れた戦士であるジョセフの血を引いているだけあり、少し前にも家に忍び込もうとした強盗3人組を、片手間で再起不能にした上で、警察に突き出したばかりなのだ←(怖!)
承太郎もその血をひいているとはいえ、まだ若干6歳の子供に過ぎない。
そこで貞夫は、珍しくも口をはさんだのだ。

「ちょ、ちょ、ちょっ!ホリイ、さすがにまだ承太郎にそれは…」
「ああ、そうか…そうね」

貞夫の言葉に、ホリイはあっさりとうなづき、貞夫はそれに随分とほっとした。
承太郎との「対決」は諦めてくれるのかと。
しかしそれは限りなく甘かった。


「じゃあ、承太郎――娘の権限として言わせてもらうわ!一発、『な・ぐ・ら・せ・ろ』」


(え、何…その、愛娘を奪われる父親のような台詞!!)

言わんとすることはわかるが、父と娘で、まるっきりやっていることが逆だろうと貞夫は思った。
だいたいホリイが嫁ぐことが決まったときですら、散々に嫌味は言われたものの、貞夫だってジョセフに殴られてなんかいないのだ。
しかし承太郎はあっさりと「わかった」とうなづき、潔くホリイの前に仁王立ちした。
そんな承太郎に、ホリイは一瞬の躊躇いもなく、思いっきりグーで右頬にパンチを食らわした(※多分、手加減も全くなし)
その威力は承太郎を1メートルほど離れた壁に、たたきつけたほどだった。

「じょっ、承太郎おおおおおおおっっっ!!」

壁にぶち当たったドスンという音に、思わず息子を案じた貞夫から、悲鳴が漏れる。
しかし、ずるずると壁から滑り落ち、座り込んだ承太郎は、口から血を流し咳込みながらも、笑った。

「っぐ。お袋…良いパンチだったぜ」
「当然でしょ。私の可愛いパパを奪うっていうんだもの―――当然の報いよ。でも承太郎もさすがね…私の一撃に耐えるなんて。それに免じてパパは承太郎にあげても良いわ」

(承太郎、「良いパンチだ」って、どこの青春ドラマかって台詞だよ、それ?)
(「私の一撃」って…ホリイ、キミは実は、僕がしらなかっただけで、格闘家か何かだったりしたのかい?)

貞夫はそれらの台詞を口には出さなかった。出しても無駄なことはわかっていたし、すでに心の中で散々にツッコんでいるため、ツッコミに疲れていたのだ。
それに、そもそもジョセフは「ホリイのもの」でも「承太郎のもの」でもなく―――より正確にいえば「ジョセフの妻であるスージーQのもの」だと思うのだが。
だが、スージーQをこの世に生まれ落ちた瞬間から「生涯の敵」とみなしたというホリイは、そんな貞夫のツッコミには納得しないだろう。
いずれにせよ、これで承太郎がジョセフに「プロポーズ」をして、ジョセフを空条家の「嫁」に迎えることが決定してしまったらしい。
ジョセフは無論、断るだろうが、この二人にそれは恐らく通用しないだろう。
貞夫は深くため息をついて、心の中でジョセフに謝罪した。


(…すみません、お父さん―――妻と息子を止められない、弱い僕を許してください。でも貴方にだって、ホリイをこんなふうに育てた責任があるはずです)


貞夫は「わしだって、こんなになるなんて、思ってなかったわい!」というジョセフの悲鳴を、聞いたような気がした。

 

おわり


H2015.9.6(ピクシブより転載)

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