A怖い夢を見たの
それはいつもの夢だった。 俺は自分では気づいてはいなかったけれど、多分、『幸せ』だったんだと思う。 『一目蓮…』 俺を呼ぶキミの声―――滅多に声を出して名前を呼んではくれなかったけど、今もまだ鮮明に覚えているんだよ?愛しくて澄んだ・・・大好きなキミの声。 でももう―――聞こえない。
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一目蓮は夢を見ていた。それは昔の夢だ。 『…せい・・・』 遠くで誰かが自分を呼ぶのがわかったが、一目蓮は無視した。呼ぶのがあの娘でなければ、それは自分にとって何の意味もない。そして思った。 ああ、どうしてこんな夢を未だに見るのだろう、と。 思い出しても辛いばかりなのに―――愛しいあの娘は、もうこの世のドコにもいないはずなのに・・・。 それは初めてのことだった。 違う、違う、あの娘は居るよ?
(・・・どこに?)
「先生!!」
不意に聞き覚えのある声にひと際強くそう呼ばれて、一目蓮ははっとなって目を見開いた。 「っ!…待っっ!?」 追いかけようと伸ばした手は、そっと小さくて白い指に、包まれた。 「…大丈夫ですか、先生?」 「…は?」
「ごめん、寝ぼけてて・・・・・・・キミは・・・ええっと、前園・・・前園愛莉(まえぞのあいり)さん、だっけ?」
「ええ、そうです…先生が科学を担当してみえる、2のBのクラス委員長です」 一目蓮の言葉に彼女はうなづいた。少し前から一目蓮は、彼女の通う中学校に科学の教師として潜入していたのだ。 たとえあの頃のことをまるで覚えておらず―――新しい生命(いのち)、新しい生活を与えられた存在だとわかっていても。 一目蓮自身にも今のところ、わからなかったが。
もっと話をしていたかったが、彼女にとって今の一目蓮はただの臨時教師である。最初っからあまり慣れ慣れしくして、警戒心をもたれるのは好ましくない。だから一目蓮は自分から会話を切り上げる言葉を口にした。 「それで前園さん、何か用?」 その言葉に愛莉は虚をつかれたような顔をした。
「あのお…授業が始まっても先生が見えないので、私、呼びに来たんですが…」
「え。そ、そうなの!?…ごめんっっ!!」 一目蓮が泡をくって謝罪をすると、愛莉はかすかに呆れたような顔をしたあとで、小さくくすりと笑った。 (…お嬢…) その笑顔が滅多に見れなかった、あの頃と重なって…。 でもそれが許されないことはわかっていた。
「待たせてごめんね…さあ、行こう」
だから一目蓮に出来たことは…といえば、ドサクサ紛れに愛莉の手をそっと握って、部屋を出ることだけだった。
つづく |
一目蓮は今回、科学の臨時教師だったりします。だって白衣と眼鏡がこれほど似合いそうな男もおるまい
(笑。そんな理由か・・・)
あいちゃんの名前は、字を変えただけのまんま園馬藍でも良いかなあ・・・と思ったのだけど、今回はちょっと
デフォルメして前園愛莉(あいり)としました。鈴のような響きが可愛くて、以前よりは比較的明るめ(の予定)の今回
のお嬢にはぴったりかなあ・・・と(笑)
H19.9.24