A怖い夢を見たの

  

  

それはいつもの夢だった。
満たされていたあの頃の、優しくて、温かな…。
けれどもう二度と取り戻すことも敵わない、何よりも残酷な夢。
そこには大好きで特別な『キミ』がいて―――キミほどではないけれど、気心の知れた大切な『仲間たち』が居た。

俺は自分では気づいてはいなかったけれど、多分、『幸せ』だったんだと思う。
『居場所』がちゃんとあって、仲間達と笑いあえて、視線を上げればいつもキミがその先に居た。 
それが何て得がたく、奇跡的なことだったか・・・。

『一目蓮…』

俺を呼ぶキミの声―――滅多に声を出して名前を呼んではくれなかったけど、今もまだ鮮明に覚えているんだよ?愛しくて澄んだ・・・大好きなキミの声。

でももう―――聞こえない。   

   

**********

  

一目蓮は夢を見ていた。それは昔の夢だ。
自覚はしていなかったけれど、毎日が楽しく、幸せで満たされていた―――あの頃の夢。
どれだけ望んでも二度とは戻ってこない、『あの娘』がいた頃の夢。  
  

『…せい・・・』  

遠くで誰かが自分を呼ぶのがわかったが、一目蓮は無視した。呼ぶのがあの娘でなければ、それは自分にとって何の意味もない。そして思った。

ああ、どうしてこんな夢を未だに見るのだろう、と。

思い出しても辛いばかりなのに―――愛しいあの娘は、もうこの世のドコにもいないはずなのに・・・。
いつもならその事実は、再認識させられるたびに一目蓮の心に傷を増やすだけだったけれど―――今日は心のどこかが、反発するようにその考えに異を唱えた。

それは初めてのことだった。

違う、違う、あの娘は居るよ?
前とは違うけれど・・・前と同じように―――オレの、すぐ側に居るよ?

  

(・・・どこに?)

  

「先生!!」

  

不意に聞き覚えのある声にひと際強くそう呼ばれて、一目蓮ははっとなって目を見開いた。
即座に目に入ったのは、見覚えのある綺麗な黒髪で。
ずっと触れたくてたまらなくて―――でも望んでいた意味では、結局一度も触れることが出来なかった、それ。
手を伸ばそうとするとそれは、一目蓮の考えを呼んだかのように、するりと視線の先からすり抜けた。

「っ!…待っっ!?」

追いかけようと伸ばした手は、そっと小さくて白い指に、包まれた。
覚えのある、温かな…。  
はっとなって顔を上げると、そこには長い黒髪を持った懐かしい面差しの少女が、机に突っ伏した一目蓮を心配そうな瞳で見降ろしていた。
その瞳は昔のように、血のような赤い色ではなくなっていたけれど…。

「…大丈夫ですか、先生?」
「…お嬢…」  

「…は?」
思わず口から飛び出た呼び名に、少女は不思議そうに首をかしげた。昔と変わらない、長くて綺麗な黒髪が、さらさらと音を立てる。
それに一目蓮ははっとなって、現状を思い出し、名残惜しいその手の中の温度をそっと放した。
そうだ。
彼女は確かに『あの娘』ではあるのだろうけれど―――一目蓮の知っていた『あの娘』ではない。その証拠に一目蓮のことも、かつて『地獄少女』として罪をつぐなっていたときのことも、彼女は覚えていないようだった。
それに名前もあの頃とは違う。
今の名は確か…。

  

「ごめん、寝ぼけてて・・・・・・・キミは・・・ええっと、前園・・・前園愛莉(まえぞのあいり)さん、だっけ?」 

  

「ええ、そうです…先生が科学を担当してみえる、2のBのクラス委員長です」

一目蓮の言葉に彼女はうなづいた。少し前から一目蓮は、彼女の通う中学校に科学の教師として潜入していたのだ。
かといって他の誰でもなく、彼女に「先生」と呼ばれるのは、心中複雑な気分だったが。
「あ、そうなんだ…ゴメンね、中々名前を覚えられなくて」
一目蓮は謝ったが、それは警戒心を抱かせないための嘘だった。
彼女の名前だけは一度聞いただけで、心の奥底まで焼きついたと断言できる。

たとえあの頃のことをまるで覚えておらず―――新しい生命(いのち)、新しい生活を与えられた存在だとわかっていても。
彼女が一目蓮の一番大切な『あの娘』―――『閻魔あい』であることは、疑う余地もない。
ただ…普通の人間として生まれ変わったらしい彼女にこんなふうに近づいて、何をどうしたいのか…。

一目蓮自身にも今のところ、わからなかったが。
 

  

もっと話をしていたかったが、彼女にとって今の一目蓮はただの臨時教師である。最初っからあまり慣れ慣れしくして、警戒心をもたれるのは好ましくない。だから一目蓮は自分から会話を切り上げる言葉を口にした。
  

「それで前園さん、何か用?」

その言葉に愛莉は虚をつかれたような顔をした。
一目蓮は内心焦る。
(あ、あれ…何か変なこといったかな?)
他の誰にどう思われようと構わないが、愛しい少女の生まれ変わりである、目の前の彼女にだけは嫌われるのは困る。
一目蓮の顔色を見て、そこに冗談や偽りはないと思ったのか、少女が呆れたように言った。

  

「あのお…授業が始まっても先生が見えないので、私、呼びに来たんですが…」

  

「え。そ、そうなの!?…ごめんっっ!!」
「……いいえ」  

一目蓮が泡をくって謝罪をすると、愛莉はかすかに呆れたような顔をしたあとで、小さくくすりと笑った。

(…お嬢…)

その笑顔が滅多に見れなかった、あの頃と重なって…。
一目蓮は思わず、目の前の少女を抱きしめたくてたまらなくなってしまった。

でもそれが許されないことはわかっていた。
少なくとも、今この場では…。

  

「待たせてごめんね…さあ、行こう」

  

だから一目蓮に出来たことは…といえば、ドサクサ紛れに愛莉の手をそっと握って、部屋を出ることだけだった。

    

  

                           つづく

           一目蓮は今回、科学の臨時教師だったりします。だって白衣と眼鏡がこれほど似合いそうな男もおるまい

           (笑。そんな理由か・・・)

           あいちゃんの名前は、字を変えただけのまんま園馬藍でも良いかなあ・・・と思ったのだけど、今回はちょっと

           デフォルメして前園愛莉(あいり)としました。鈴のような響きが可愛くて、以前よりは比較的明るめ(の予定)の今回

           のお嬢にはぴったりかなあ・・・と(笑)

                                                                       H19.9.24

inserted by FC2 system