旦那様は7歳児

 

 

 

「好きです、お嫁さんになってください!!」

 

そう真っ赤な顔で叫んで、「愛の言葉」が花言葉のあまりに有名な同じ色の花束―――どこでこんな洒落たことを覚えたんだ?―――を顔の前に突き出した少年に、ジョセフは微笑ましく思う前に困惑した。
それはそうだ。相手はジョセフの孫だった。
それもまだたった7歳の。
しかもジョセフはすでに初老に差し掛かろうという「男」だ。
いくらなんでも「お嫁さん」、て。

「…承太郎…気持ちは嬉しいがの、おじいちゃんは孫の『お嫁さん』にはなれんのじゃ」
「ええっ!?」
それに孫の承太郎は、あからさまにショックを受けた顔をする。

「そんなのやだっっ!―――僕、おじいちゃんが世界一好きなのにっ!!」

「そ、それは嬉しいが…だがなあ承太郎…」
「…おじいちゃんは、僕のこと、好きじゃないんだ」
「う。」

可愛い孫に瞳をウルウルされて、途端にジョセフは怯む。しかしここで負けるわけにもいかなかった。
何故なら承太郎もすでに7歳だ。
ここで情に流されて放置すれば、当人が後々困ることになるのは目に見えてる。
「そ、そんなわけはないじゃろう。わしは承太郎が大好きじゃよ―――だが、うーん…わしにはスージーQというお嫁さんがすでにおるしなあ」
「でも旦那さんはいないんでしょ?」
「旦那さんって…」
ジョセフは絶句した。
確かに海外では、同姓を配偶者として迎える人間も珍しいわけではないが、自分は間違いなく違うと断言できる。

「じゃあ日本でだけ!こっちにいる間は、僕のお嫁さんになって!!」
「い、いや…だからな、」
「良いじゃないの、パパ」

孫の懇願に困惑しきったジョセフを見かねてか、ジョセフの娘であり、承太郎の母であるホリイが口をはさんだ。
だがそれはジョセフにとっては、あまり「助け舟」といえるようなものでもなかった。
「パパは承太郎の『初恋の相手』なのよ―――こっちにいる間くらい、承太郎のお嫁さんになってあげなさいよ」
あるいは意外にお茶目なところがある彼女は、面白がっているのかもしれないと思う。
思えばホリイの母であるスージーQにも、こんな部分があった。
だが承太郎ももう小学生だし、さすがにそろそろ「常識」というものを身につけさせないといけないのでは…とジョセフは思ったのだが。
にっこり笑うホリイの笑顔の前に、「いや、わしは既婚者で男だから」との抗議は、結局口の中にたまったまま、外に出されることはなかった。
そもそもこの二人が組んで、ジョセフが叶うわけがないのだ。
今現在、この世に存在している人間のうちで、ジョセフがどうにも敵わないと考えている四人のうちの二人なのだから。

「わ、わかった、承太郎…おまえのお嫁さんになろう。じゃが、」

「こっちにおる間だけじゃぞ?」という言葉は、孫がすばやく「唇に」してきた、可愛らしい「誓いのキス」によって摘み取られた。
承太郎は生まれたときから可愛がってきた、目に入れても痛くないくらいに可愛い可愛い孫だ。
だからその好意が―――例えどんな意味であれ―――嬉しくないわけはない。
けれど、情に流されその「プロポーズ」を受け入れたことを、後から自分が散々に後悔することになるのを。

ジョセフはそのときはまだ、知らずにいた。

  

  

                                    *****

   

  

それが起こったのは、承太郎と結婚(笑)してから二日目のことだった。
前の晩、承太郎はジョセフのベッドにもぐりこんできて、ジョセフの上着を引っ張って、脱がそうとした。
「何を?」と訪ねると「だって新婚初夜でしょ?」と無邪気に返され、ジョセフはちょっとばかし遠い目になった。

(…本当にどこから、こういう知識を覚えてくるんじゃろうな?)

けれど勿論実の孫(しかも7歳児)と、本当に「初夜」を迎えるわけにもいかなかったので、ジョセフは「もうちょっと大きくなったらな」と頭を撫でて、承太郎を宥めてその晩は一緒に眠った。
けれど次の日の晩、前の晩と同じように承太郎を宥めて眠ったジョセフが物音に気付いて目を覚ますと、ベッドの格子に両腕と両足をしばりつけられていた。
しかもご丁寧にそれは、輪っかの部分に革が使われ、ぶっとい鎖がつながれた、まじもんの「拘束具」だった。

「…じょ、承太郎…これは?」
「ん?」

呆気にとられすぎて、半ば放心状態で問いかけたジョセフに、そんなジョセフを見下ろしていた承太郎は、にっこりと天使もかくや…という笑みを浮かべて言った。

「だっておじいちゃん、やっと僕のお嫁さんになってくれたってのに、『お預け』を食らわせるんだもの…新妻が同じベッドで寝てるってのに、触れられないなんて拷問もいいとこでしょ?―――だから僕も方法を考えなおすことにしたんだ」

なんだかところどころ、引っかかる単語が聞こえたような気がしたが、ジョセフは自分の精神的安寧のために、それらを全力で聞かぬふりをした。
だがそれより、承太郎が手に持つ、光沢のある真っ赤なリボンに嫌な予感が止められないのは、ジョセフの気のせいなのだろうか?
承太郎は端をそれぞれ手で掴んだリボンを、ぴんと張って音を鳴らした。
「そんなに怯えんなよ」
口調が微かに変わった、承太郎が笑う。
それはジョセフが初めてみるような「大人の艶」のこもった笑みだった。   

  

「無理やりってのは『俺』の好みじゃないけど、俺はまだ小せえし、てめえとは体格差があるからな―――それに『嫁』の教育ってのは、早ければ早いほうが良い」

   

だらだらとジョセフの背中に冷や汗が流れ落ちる。
『嫌な予感』は、今やすべて現実のものになろうとしていた。
しかし拘束された手足は、ジョセフが動かしてもガチャガチャ音を立てるばかりで、びくりともしない。

「心配すんな―――天国に行かせてやるよ」

耳元に吹き込まれた「睦言」と思しきそれに。
ジョセフは「意識不明になりたい」と心底思った。

  

 

                                          *****

  

  

「あら承太郎、おはよう―――思ったより早かったのね」
「ああ」

  

ホリイが食事の支度をするために、食堂の机をふいている。その椅子のひとつに腰掛けて、パジャマ姿の承太郎はあくびをひとつした。
ホリイはそんな承太郎を見て、向かいの椅子に腰かけ、頬杖をついて、わくわくした表情で問いかけてくる。
「それでどうだった?上手くいったの?」
「ああ…もう、すっ」
そこで承太郎は一度言葉を切って、感極まったようにこぶしを握りしめた。

「っげえ可愛かったぜ―――あそこを縛って苛めてやったら、めちゃめちゃ良い声で啼きやがった。たまんなかったぜ」
「そう」

7歳の息子が実の父親を『襲った』、とんでも話をしているというのに、ホリイはそれを嬉しげに聞いている。
その上。
「お袋のくれたあの拘束具、なかなかだったぜ―――じじいの力でも全然外せなかったからな。だがちょっと苛めすぎたな。後で見たら、拘束した部分が擦れて血が出てやがった」
「あら、承太郎ってば、最初はあんまりしつこくしちゃダメよって言ったじゃない。パパは『受け身』は初めてなんだから」
「わかってたけど…あんまりじじいの泣き顔が可愛いからよ」
「まあでも、パパが傷つくようじゃ困るわね。新しい拘束具を取り寄せるわ」
「頼むぜ。それと…」
照れたように言い淀んだ承太郎に気づいて、ホリイはにっこりと笑う。

「ふふ…わかってるわよ。パパの『後ろ』も可愛がってあげたいんでしょ?―――さすがに今の承太郎じゃあ、無理だものね。もういくつか良さげな道具を取り寄せてあるわよ」
「さすがだな…だが、惜しいことをしたな」
「何が?」
問いかけに、承太郎は苛立ちを思い出したように口もとを曲げる。
「昨日の晩だ…ビデオを回しときゃ良かったぜ。じじいのあの初々しさと来たら…勿体ないことをした」
「ふふ、承太郎が考えることなんて、ママはぜ〜んぶ、お・み・と・お・し、よ―――そういうだろうと思って、実は昨晩あの部屋に、ビデオカメラを仕込んでおいたのv」
「お袋…てめえ」

承太郎は一瞬、呆気にとられた顔をした後、にっと笑って言った。
「さすがだな―――お袋の息子に生まれて良かったぜ」
「あらん?私も承太郎のママになれて幸せよ」
そう笑いあう親子の不穏な会話を、ジョセフが知らなかったのは、不幸か幸せか―――いずれにせよ、実の娘と孫が最初っから「結託」しており、ジョセフを「ハメた」ことを、ジョセフはまだ知らない。

「あとせっかく『結婚』したんだから、新婚プレイみたいなもんも、試してみてえなあ…」
「あら?裸エプロンとか、食堂プレイとか?―――もう、承太郎ってばエッチなんだから。ママに任せておきなさい」

食堂では相変わらず、親子のにこやかな笑顔には不似合いな、不穏で不埒な会話が延々と続く。
それらのすべてを、最初っから食堂にいて新聞を読んでいた二人の夫で父親な空条貞夫は。

全力で聞かないフリをした。

  

 

おわり


前に書いた「うちの承太郎が、これほど可愛いわけがない」のスレっ子太郎が好きすぎて
新たにスレっ子太郎で書いたシリーズです。
このシリーズのホリイさんは多分最強^^;

H26.10.06(ピクシブより移動)

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