マンディの部屋に入ると、グリムはすぐさま異常に気付いた。
いつもは本人の潔癖な性格を表すかのように、きっちりと片付けられているマンディの部屋。
しかし今は地震でも起きたかのように、棚から落ちた本は床に散らばりっぱなし、おまけに引きちぎられたようなボロボロの桃色の布と、怪しげな紫の液体が、ところどころ床に残っている。
「どうしよう、やっぱりマンディが居ないよ!!」
呆気にとられかけたグリムを、ビリーの泣きそうな声が現実に引き戻す。
しかしそれが返って、グリムを冷静にしてくれた。

さらわれたのなら、取り返せば良いのだ。
そう、いつものように。

「なあに、心配するなビリー。マンディを追う方法くらい、幾らでもある」

グリムはそういうと、床に落ちていたマンディの本を拾い上げた。その本には見覚えがあった。確か数日前、マンディが読んでいた本だ。
(・・・まだマンディの気配が残ってる・・・これなら十分追跡できるだろう)
グリムは鎌を取り出すと、それで本の背表紙に軽く触れた。
すると、グリムの手からそれは浮き上がり、まるで蝶か鳥でもあるかのように、開いた表紙を翼のように羽ばたかせて、空へと飛び立ったのだ。

「追うぞ」

グリムはそういうが早いか、鎌にまたがって空へと舞い上がった。
ビリーはぎりぎり、その後ろに飛び乗ることが出来た。

  

  

3.

  

   

  

本は消えた持ち主(マンディ)を追い、ぐんぐんとスピードをあげ、上へ上へとあがっていった。
それを追うグリムたちも共に、雲を超え、空を超えて、やがて次元をも超えた。
「随分と遠くまで行くんだね」
ビリーが途中でそう声をあげたが、それはグリムも同感だった。
普段グリムたちが出会う異世界の存在は、意外と近い部分にその世界との通路が自然発生していたり、グリムのように次元を直接自らで行き来する程度の力は持っていて、これほど時間をかけて場所を往来することなどない。
マンディをさらったというその人物は、次元を行き来する力を持たないのだろうか?
(・・・否、それはあまりに楽観的な見方というべきだろう)
グリムに異変を気付かせずに、マンディを連れ去ったことといい、相手は相当な力の持ち主だと考えられる。
しかし、そんな持ち主ですら、自らの力だけでは直接的な通路を通せない世界となれば、数は限られてくる。

   

(・・・嫌な予感がする)

   

グリムは心の中だけでつぶやいた。自分のこの手の勘はよく当たるのだ。
それに、先ほどからはばたく本に誘導され、自分たちはマンディの元へと導かれているが、その方向に覚えがあるような気がするのだ。
もっとも以前使ったのは、もはや忘れて果ててしまいそうなほど、遥か、遥か昔のことだったが。
(・・・まさか・・・な)
グリムは自らの杞憂を「らしくない」と振り払った。
そもそも「あんな場所」は、何の用もなければグリムのような死に神ですらまず立ち寄らない。
頼まれても近づきたくもないというのが本当のところだ。
それがただの人間であるマンディともなれば、尚更あのような場所に行く「理由」などはあるわけがないのだ。
増してや「招かれる」など。

(・・・くそっ!――― 一体マンディをさらった奴はなにを考えて) 

グリムを苛立たせている理由は、行き先が不明だという、ただそれだけではなかった。
マンディをさらったのが何者かは知らないが、これだけの長距離を往来しているということは、その行動が「偶然」や「気まぐれ」とは考えにくい。最初っからマンディをさらうことを「目的」として、この距離を飛んで、マンディのもとにやってきたとしか考えられないのだ。
だとしたら、そこにある「理由」とは一体何なのか?

過去の出来事を振り返ると、グリムの過去に因縁がある相手・・・というのがありがちな回答だったが。
今回ばかりは、グリムの直感はそれを否定していた。
そもそも、死に神と張り合うほどの力の持ち主など、そうそう居るものではないのだ。その中で「人質」をとってグリムに「復讐」を企てそうな輩といえば、さらに限られてくる。
だいたい、この手の姑息な手段を用いる相手は、大概は小物が多い。強大な力を持つ存在は、それに呼応するようにやはりプライドも高く、たとえ恨みがあったにしろ、人質を取るような姑息なまねは、自らが良しとしないからだ。

(・・・だとしたら一体何者だ?)

どれだけ考えても答えは出ず、謎は堂々巡りのままだった。
しかしその終着地点は、本が持ち主の元へとたどり着けばおのずとわかる。

グリムははばたく本の蝶に導かれるまま、空を飛び続けた。
願わくば、マンディをさらった「敵」が、出来る限り面倒でない相手であることを祈った。
  

    

   

 

***********

   

  

   

体よりも先に意識のほうが目が覚めてしまうことは、よくある。
そのときのマンディもそうだった。途中で意識は「目覚め」を認識したというのに、それとは裏腹にマンディの瞼はなかなか開こうとはしない。
それはあまりに自分の今の状態が、心地良かったからだろう。

顔を預けている柔らかなシーツはふんわりと花のような良い香りがしていて、その下のベッドはほど良いスプリングが効いていながらも、軽い羽が入っているのかふかふかだった。
それは、マンディの家の固いベッドとは雲泥の差で、マンディは自分の今の状態に何の疑問も持たず、そのまま心地良い眠りに再び身を預けようとしていた。
しかしそこに微かな違和感がわいた。
正体不明の手が幾度か、マンディの後ろ髪を指で梳いたのだ。

それは決して、今の状況と相反するようなものではなかったが、マンディの意識は「不審」を訴えた。
物心ついた瞬間から、意識的には親から完全に自立したマンディは、「他人に触れられる」といった行為を例え肉親相手でも好まない。
しかしそのとき抱いた「不審」は、その触れた持ち主に対してのものではなかった。
それはその手の感触を、何故か「嫌だ」とは感じていない自分に対するもの。

    

「・・・んっ・・・う?」

   

不審が「疑惑」へと変わり、マンディは急激に覚醒する。
微かに声を漏らし、無理やりのように目蓋を押し開くと、マンディは途端に硬直することとなった。
何故なら、グリムやビリーですら滅多に近づけないような近い場所から、見たこともないような金色の瞳が、じっと自分を見下ろしていたからだ。

それは気を失う前に最後に見た男だった。
唐突に表れ、マンディに恐怖と苦痛を与えて、意識を奪った「あの男」。

途端に怒りとも屈辱とも知れぬ感情が自らを支配して、マンディは横たわっていた身体を起こし男を睨みつけた。
それはグリム辺りが見れば、「殺される」と恐怖におののきそうな、怒りと殺意に満ちた視線だったが。
しかし腰まで届きそうな漆黒の髪と、黄金色の瞳を持つ美しい男はそれに動じた様子もなく、楽しげな笑みを浮かべてこう言っただけだった。

   

   

「・・・良く眠れたか、マーディ?」

  

   

「・・・誰かさんのおかげでね。ふかふかのベッドで眠ったおかげで夢見もすごぶる良かったわ・・・目が覚めたら全てが夢だったとしたら、最高の気分だったと思うのだけど―――この場所も、あんたも」
「おやそれは残念なことだな・・・これは『夢』ではなく、『現実』だ。だが、すぐに慣れる」

マンディの嫌味混じりの台詞に、しかし男はなおも楽しげに、口元に笑みを増やしただけだった。
マンディは思わず眉根を吊り上げる。
悔しいが、目の前の男は今までマンディが相手にしてきたような、「小物」ではないのは確かだった。
こちらに与えてくる威圧感は、「グリム」の数倍以上だ。
マンディは油断せぬよう男を睨みつけたまま、気を失う前に聞いた答えのなかった質問を、もう一度口にした。  

「―――アンタ、誰よ?」 

はぐらかされるかと思ったが、男はあっさりとその問いに答えて自らの名を明かした。
もっともそこには、マンディにとって到底受け入れがたい台詞が付属していたが。

   

   

  

「・・・我が名はべリアル―――この世でもっともおまえに近しく、もっともおまえを愛するものだ・・・」

   

  

                             つづく


少々短いですが、キリが良いのでここでぶった切ります。
話はあんまり進んでないですが(汗。グリムたちがまだマンディに追いついてすらいない)

グリマンの連載は、今後なるべくちょこちょこ進めていいくつもりです。
話数自体はこのペースだと、あと5話ぐらいはいるかなあ・・・(大汗)

     H22.8.29

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