そもそもの切っ掛けが何だったのかは、その当事者であったグリムもマンディも、後で思い返しても思い出すことが出来なかった。多分、本当にどうでも良いような、些細なことが原因だったのだろう。
ただその日、グリムとマンディは、珍しくも互いが声を荒げるような言い争いをした。
大人でありながら子供じみたところのあるグリムと、子供でありながら、老成した大人のように冷めた部分のあるマンディ。
普段は絶妙に噛み合っている二人の異なった個性が、たまたまその日何かの切っ掛けでぶつかったというのが、きっと本当の理由だったのだろう。

よくある小さな諍いだったはずのそれは、双方の極端すぎる性格もあってか、やがてお互いに声を張り上げるような言い争いへと発展した。
グリムは怒りのままに「もうおまえなど、親友ではない!」と言い放ち、マンディはそれに、「あんたの顔なんかもうみたくもない。さっさと地獄に帰ればいい!」と冷え切った瞳で応えた。
普段一番近い二人がぶつかりあったことで、間に挟まれる形となったビリーは、普段の非常識な言動も影を潜め、ごくごく普通の子供のように、おろおろとするばかりだった。

結局、先に苛立ちを抑えきれなくなったらしいグリムが足速に部屋を出て行き、その言い争いは終わりを告げた。
ビリーは迷った様子ながらも、泣きながらそれを追いかけていった。
多分、マンディは居なくなりはしないが、グリムは居なくなるかもしれない―――そんなビリーにしてはまともな判断がそこにはあったのだろう。

しかしそれは実際には、間違っていた。
何故なら、死神であるグリムにさえも気づかれずに、三人の様子をずっと伺っていた存在がいたからだ。

ことの顛末を見届けると、その存在は小さくほくそ笑み、姿を消した。  

  

   

  

1.

  

  

  

「―――まあったく、あの娘は私を何だと思っているのだ!!!」  

  

マンディとの言い争いの末、怒りのままに部屋を飛び出してきたグリムは、しかしその感情のままに地獄に戻ることも出来ず・・・結局その後追いかけてきたビリー相手に、その憤りを諾々と吐き出すこととなっていた。
よくよく考えてみればこの事態は、死神であるグリムにとって、『人間の子供の親友という名の奴隷』という屈辱的な立場から抜け出す、絶好のチャンスだったのであるが。
グリムはそれに、無意識のうちに気づかぬフリをしていた。
『賭けの負け』は『負け』であると思っていたし、何よりもビリーに「嫌だ・・・帰らないでよ!」と泣きつかれたのが、本人的にも言い分となっていた。  

(マンディとビリー―――二人ともから許しをもらわなければ、私はこの二人から解放されない)
本当はそんなの言い訳で、自分が二人から離れたくないのだ・・・という本音は、本人もうすうす気づいてはいたが。

ともあれ、ビリー相手に愚痴を延々とこぼしているうちに、少しだけグリムは頭が冷えていた。
マンディのことは、まだ思い出すと腹立たしくはあったが、彼女も自分も性格的なものか、怒りはしてもいつも一時的なもので、だいたい後を引くことは少ない。
きっと明日になれば、何のことはない普通の態度で接してくるだろう。
だから、自分も普通に挨拶を返してやれば、それでまた、いつもの日常の始まりだ。

何も変わらない。

そのときのグリムは、そう信じて疑っていなかったのだ。
けれどその考えが間違いであったことは、そのわずか数十分後に判明することとなった。

新たな騒動とともに。

  

  

                            **********   

  

  

「・・・馬鹿みたい」

部屋にただ独り取り残されたマンディは、何気なく窓に目をやって、そこに映った自分に小さくつぶやいた。
それがあの死神に向けられたものか、それともらしくもなく、感情的になった自分に向けられたものかは、自分でもわからなかったが。
ただ、怒りに任せてあんなことを口にはしたが、あの死神があれしきのことで、自分たちから離れていくとは思っていなかった。
その程度の信頼は生まれているのだ。
例え互いに、口には出さなくとも。

だからこのまま明日になれば、何気なく言葉を交わし、何もなかった日常に戻るはずだった。
そう・・・このまま何事もなければ。
けれどそういうときこそ、何かが起こってしまうのが、世の常なのだ。

そのままぼんやりと窓を見やっていたマンディは、不意にそこに自分以外の影があることに気づいて、はっとなった。
振り返るといつの間にかそこには、一人の男が立っていた。

  

美しい男だった。
その容貌は整いきっており、マンディが知る女神エリスすら、遠く及ばないのではないかと思った。
けれど、男の纏う触れたものを切り裂くような雰囲気が、マンディにただ男に見とれることを許さなかった。
(―――ただ者じゃない)
マンディは無意識に背筋を振るわせていた。それは恐怖にも似ていて・・・。
そんな自分に驚いた。
グリムに初めてあったときすら、こんなことはなかったのに。

「・・・誰?」

虚勢を張るように冷静さを装って出した声は、微かに震えていたかもしれない。
そんなマンディに男はどこか優しげにすら見える、ぞっとするような綺麗な笑みを浮かべていった。

  

   

「―――おまえを迎えに来た・・・マーディ」

  

  

その台詞に湧き上がったのは、恐怖か、驚きか。
ただ、彼の発した自分とは微妙に異なるその名前が、何故か自分のものであることだけは理解していた。
問い返そうとしたマンディに、それは唐突に起こった。  

「っっ!?」
始まりは、いつの間にか声が出なくなっていたことだった。舌が麻痺したように動いていないらしく、問いかけようとしても、言葉がうまく形成されないのだ。
「・・・な・・・?・・・―――っっっ!!??」
驚いて状況を解明しようとする間もなく、続けてマンディは襟元をつかみ、今の状況も忘れてしゃがみこんでいた。
あげられるものならきっと、無様に悲鳴をあげてしまっていたことだろう。
身体が突然燃えるように熱くなり、胸が締め付けられるように急激に苦しくなったのだ。
「はっ!・・・あっ・・・ぁっ!・・・」
呼吸がどんどん荒くなり、ひっきりなしにめまいと頭痛がした。
最初はなんとかしゃがみこんで耐えていたが、やがて膝は地につき、身体は床に倒れこむこととなった。
苦しさのあまり、無意識に立てた爪が、床でギイと音を立てた。

  

「・・・はあっ!・・・・・あっっ!・・・・   !!・・・」

  

助けを請うように口にした名が、誰のものだったのか・・・そのときのマンディには、きっと理解できていなかっただろう。
それを意識する前にマンディの意識は、完全に闇の中にフェイドアウトすることとなったからだ。

  

  

**********

  

 

ビリーがそれを目撃したのは、本当にたまたまだった。
グリムの愚痴を延々と聞かされ、さすがのビリーもうんざりなりかけたので、「ミルクシェイクに餌をやる」というのを言い訳に、家を出てきたのだ。
そんな彼が何気なくマンディの家の方角を見ると、何者かが空の向こう側に消えていくのが見えた。
それが人間でないのは明らかだったが、死神と日常をともにしているビリーは、誰かが空を飛んでいるぐらいで、いまさら驚くことは無論なかった。

(ナーゴル?)

ビリーが咄嗟に、不本意ながら身内となってしまった男の名を思い浮かべたのは、相手が彼に良く似た、全身漆黒ともいえる衣装を身にまとっていたためだったろう。
しかしその人物の腕の中に、覚えのある金の色を目撃したとき、ビリーは目を見開いた。
それが自分の『親友』であり、誰よりも近しい少女であることに、気がついたからだ。

手の中の器がひっくりかえってキャットフードが地面にぶちまけられ、ミルクシェイクが不満そうな声をあげたが、ビリーはもはやそんなことは気にならなかった。
だってそんなことよりもっと重要なことが、そのときにはあったのだ。

  

  

「た、たたた、大変だああ!グリムっ!!グリム〜〜〜〜っっっ!!!!」

  

  

                                 つづく


   前々から考えていた、グリマン長編の第一話ですが・・・皆様いかがだったでしょうか?
   なんか前後編だったはずが、3話か5話構成ぐらいになりそうな気が・・・(まあこれも、いつものこと)

   しょっぱなからオリキャラが登場していますが、今回はいつも以上に独自設定が入る予定ですので、
   読む方は覚悟のうえでついてきてくださいませ(苦笑)

   カップリングは勿論グリム×マンディですが、今回はビリーもけっこう出る予定ですが・・・。
   どうなることやら。

                                                             H21.4.19

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