シーザー・ツェペリのカリスマドッグトレーナー




僕の仕事は犬の気持ちを読み取ること
心の安定した犬は、人間の最良の友となります
犬にはリハビリを
飼い主には訓練を
それが僕のやり方です



「お悩みは?」
「うちで半年前から飼っている、ミニチュアダックスフンドの『じじい』なんだが…全然俺のいうことを聞かないんだ」
「は?ジジーってお名前で?変わった名前ですね?」
「いや、じじいってのはあだ名だ。なんだか動作が年寄くさいんでな―――名はジョセフという」
「…はあ、そうですか。それで言うことを聞かないとは?」
「待つことが出来ないんだ。俺が『待て』といっても全然聞かないし、食事なんかのときもそうだな。俺は時間どおりにやろうとするんだが、あいつは勝手に棚からドックフードの包みを見つけ出して、開けて食べたりする。どこに隠しても最後には見つけ出しちまうからタチが悪い」
「利口なわんちゃんですね」
「ああ。おまけに家の鍵をかけていっても、勝手に開けて外に出ちまうし、それに首輪が嫌いでな。何度つけても勝手にはずしちまう。俺が仕事に言ってる間に、勝手に外に出てって、事故にあったりしないか、保健所に連れていかれないか、心配でな」
「…わかりました。ではまず、ジョセフくんに会わせてもらえますか?」
「ああ、わかった…じじい」


あだ名を呼ばれると、リリン、と音を立てて、ミニチュアダックスフンドが現れた。
真っ茶色の毛並みは綺麗に整えられており、「じじい」なんてあだ名で呼ばれるのが到底信じられないくらいに、可愛らしい犬だったが。
シーザーはちょっと目を見張った。
ジョセフのつけている首輪は鈴がついており―――まあこれはとりあえず、良いだろう。
しかしそのデザインは、ピンクのフリルやら、デカいリボンやら、天使を模したらしい羽やら、造花やらが、これでもか!と盛りだくさんにつけられており。
首輪というより、ピンクハウスのマフラーかスカーフみたいな様相を呈している。
これじゃあ首輪をはずしたがるわけだと、シーザーは思う。
犬にだってきっと「うっとおしい」って感情はあるはずだ。

「…あ、あの…空条さん、この首輪は?」
「ああ、良く似合っていて可愛いだろう?―――この首輪はじじいに合わせて、俺が特注で作らせたものなんだ。じじいの愛くるしさを最大限に引き出せるよう、デザインには吟味に吟味を重ねたんだ」
「…ちょっと…重すぎやしませんかね?」
「…いや。重量は厳選した材料を使わせ、極限まで軽減化をはからせている。じじいがつけても、羽をつけたくらいにしか、感じないはずだ」

なのに何が不満なんだ―――という表情を飼い主がしたため、シーザーは口もとをひきつらせた。
たまにいるのだ、こういう飼い主が。
犬は人間の「友」であるべきなのに、犬を「愛玩動物」か何かと勘違いしている人が。
だがそれは後でまとめて言おうと、シーザーはとりあえず今は心に秘める。
こういう飼い主は大概、他にも色々「やっちゃってる」から、ひとつひとつ指摘するのは面倒なのだ。

「そ、それで『待て』が出来ないというのは…」
「ああ、じじい、こっちへ…おいこら、待て!」

飼い主が呼ぶと、ジョセフは真っ直ぐ飼い主の元へ…と思いきや、途中で方角を変えて、シーザーの方に来た。
どうやら随分と人懐っこい犬のようで、シーザーの足元にしがみつき、尻尾をぶんぶん振っている。
無論、シーザーは犬に対してはいつでも誠実に接しているため、大概の犬には懐かれるが、可愛い犬に尻尾を振られて懐かれて悪い気はしない。
頭を撫でようとすると、いきなり飼い主がジョセフを腕に抱き上げ、そして言った。

「…ほら『待て』が出来ねえだろう?」
「は?…はあ…」
「じじい―――俺以外に懐くんじゃねえって、いつも言ってんだろ」

(えっ!―――この人、何言っちゃってんの?)
シーザーは、なんだかずれたことを飼い犬に真剣に言い聞かせている飼い主に、ちょっとばかり唖然となった。
どうやら「待て」が出来ないというのは、呼び止める飼い主を無視して、他の人間に関心を示したり、懐くことを言っているらしかった。
まあ確かにたまに、独占欲が非常に強く、シーザーが飼い犬に懐かれると、面白い顔をしない飼い主もいるが。
それにしたってちょっとこの飼い主は『行き過ぎ』ではないだろうか?とシーザーは思う。
だいたい、他人に関心を示したり、人懐っこいというのは、好奇心が強く社交的な性格の犬だということだから、問題行動がなければ悪いことじゃあない。
それをどう話して納得させるかが問題だった。
(…うーん、簡単な仕事だと思ったのに、今回はもしかしないでも、結構面倒かもしれないなあ…)
シーザーは頭をかく。
飼い犬の問題行動には、大概飼い主が元凶であることが多いが、飼い主にその自覚が無い場合は、理解させるのに時間がかかることが多いのだ。
ともかく、もう少し観察してみようと、シーザーは気を取り直す。

「あ、ええっと、いつもジョセフは…」
「あ?…ジョセフ?」
呼び捨てにした途端、眉を露骨につりあげた飼い主に、シーザーは冷や汗をかく。
「失礼。”ジョセフくん”は食事を勝手に食べてしまうって言っていましたよね?普段の食事はどうやって、やっているんですか?」
「ああ、ちょうど時間だから、今からやろう」

そういって戸棚からドッグフードを出した飼い主は、それを手に取った。シーザーはそれを見て(ああ、ダメだよ…)と思った。
食事の時間というのは、マナーと上下関係を教えるのには、一番最適の時間でもある。
餌をただ差し出すのではなく、こちらが指定したときにだけ口をつけるように、訓練しなくてはならないのだ。
しかしシーザーの推測はまるっきりはずれていた。
飼い主はジョセフに―――ではなく、餌を自分の口にほおりこんで、そのままジョセフの口に自分のものを重ねたのだ。
どうやらいつも、『口移し』で餌を与えているらしい。
それも、一度っきりでは終わらせず、何度も、何度も。
どうやら飼い主は、餌のすべてを『口移し』で与えるつもりらしかった。
いや、口移しというよりこれは―――。

(…ディープキスって言ったほうが、良いような)

今まで数ある飼い主と接してきたシーザーも、さすがにこれはちょっと引いた。そのせいで冷や汗が出てきた。
確かにペットに、口移しで餌をやりたがる飼い主はいる。実際衛生面や、互いの健康を思えば、本来は避けたほうが良いような行動なのだが、ペットの可愛さに思わずしてしまうのだ。
だが、この飼い主は明らかに常軌を逸している。
何せ、飼い犬の口元は今や、飼い犬の…ではなく、飼い主の唾液でべっとりと濡れてしまっているのだ。
どう見てもこの飼い主は「餌やり」より「キス」を目的としてる。
心なしかジョセフくんも嫌がっているようで、多分彼がいつも餌を先に見つけて食べるのは、飼い主のキスから逃れるためなのだろう、きっと。
(…ど、どどど、どうしよう)
シーザーは動揺する。
飼い犬よりも飼い主のほうが遥かに、『問題行動』を通りこして『異常行動』をしている場合は、一体どうすれば良いというのだろうか?


(…と、とにかく落ち着こう。なんとかこの『異常行動』の数々を、いさめて止めさせなくては)


ドッグトレーナーである前に、犬の愛好家でもあるシーザーは、義務感にも似たものを覚えていた。
ともかく今は、この可哀想なミニチュアダックスフンドを救ってやらなければ!
そのためには…。
シーザーは意を決して口を開いた。


「…空条さん、貴方の行動は愛犬の『問題行動』をエスカレートさせています」
「なに!?そんな…」


多くの飼い主がそうであるように、こちらの飼い主もシーザーの言葉にショックをうける。
実際今回は、飼い犬のジョセフくんはそれほど悪くなく、飼い主が『勝手に』異常な行動をしており、さらに『勝手に』、それをエスカレートしているわけだが。
それは言わぬが仏というものだろう。

「まず首輪ですが、恐らくジョセフくんは皮膚があまり強くないのだと思います。そのためあまりゴテゴテつけられると、痒くなってしまい、首輪をはずしてしまうのでしょう。できれば材質の良い、シンプルな首輪に変えてあげたほうが良いと思います。皮膚に合わないものをつけさせていると、ストレスで毛が抜けてしまうことなどもありますからね」
「…なっ!そうなのか…すまねえ、じじい!」
後悔のあまりか、飼い主が飼い犬をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
苦しそうだから止めてやったほうが良いのでは…と思ったが、とりあえずシーザーは先に進めた。
「それからジョセフくんが可愛いのはわかりますが、口移しも止めたほうが良い―――犬には感染症などがありますからね。口移しでそれがうつる例も少なくない。もし貴方が病気になったら、誰がジョセフくんの面倒を見るんですか?」
「う。そ、そうか…そうだな」

ここまでシーザーは、犬の問題行動の解決方法ではなく、『飼い主の異常行動』を解決する方法しか言っていなかったが。
それでも飼い主は納得しているようだから、問題ないだろうと思った。
「それと『待て』についてですが…」
これは飼い主の異常性にばかり目をやると、全然飼い犬には問題がないようにも思えるが。それでも『リーダー』である主人を無視して、他に行くというのは問題だ。
要するにこの飼い主は、ジョセフくんに「尊敬」されていないのだ。
もっともこれまでの言動を見る限り、尊敬しろというほうが間違っているような気もするが…。

「…貴方はジョセフくんに『リーダー』として認められていないんです。だから呼んでも真っ直ぐに貴方のもとに来ないし、ほかに気を取られたりするんです―――俺が貴方に、リーダーになる方法を教えましょう」


そういってシーザーは、『待て』をさせる実践を行うことにした。
この飼い主の言った『待て』は、ちょっとばかり『待て』違いではあったが、まあ彼がリーダーとして認められれば、ジョセフくんはどちらの『待て』もクリアするだろうから、問題はないだろう。
シーザーはジョセフを途中まで呼び寄せ、「待て」と手をやり、途中で押しとどめようとした。
しかし命令されることに慣れていないジョセフは、すぐさまそれを止めてシーザーのほうに来てしまい。
それをシーザーはいつものように、指でつついて「驚かす」ことにより、指示を理解させようとした。

しかし、突っついた途端に、ジョセフが「キャイン」と小さく悲鳴をあげてしまい(※反射行動として鳴き声が出るだけで、実際はそれほど強くはつついていないため、痛みはほとんど感じていない)
それに『異常』な飼い主は、やはりというか一瞬で爆発した。


「じじいを苛めんじゃねえええええええ――――っっっ!!!!!」


途端に始まったスタープラチナによるオラオララッシュに、シーザーは弾き飛ばされ、血を吐いて床にダウンした。
しかし、シーザーも只者ではない。
「なあにしやがる、このド変態がああああああっっっ!!!!」
すぐさま、額に青筋を浮かべて立ち上がったシーザーの手には、レンチがあった。
それはいわゆる『貧民街テンション』と言われる危険な状況であったが、残念ながら今日は『テレビ』の収録外の仕事であったため、シーザーの事情に詳しいテレビスタッフは周囲にいなかった。


その後、その家でどのような死闘が繰り広げられたのかは、関係者以外誰も知らないが。
翌週「シーザー・ツェペリのカリスマドッグトレーナー」の時間には、「諸事情により当番組は打ち切りとなりました。ご声援ありがとうございました」というアナウンスが流れていた。


おわり

2016.3.21(ピクシブより転載)

inserted by FC2 system